レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



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胃ろうにすることになりそうです。

日曜日の夕方、鼻チューブの経管栄養をやっているとき、むせが激しくなる。
吸引すると、唾ばかりで痰はなし。

昨日も食事の時間のむせが激しかった。

先週の火曜日、鼻チューブを変えたが、母は鼻の穴が小さく10フレがやっとなのに、訪看の所長さんが12フレを頼んでいたようで(この人少しくせもの)
担当のナースが、苦労しながら入れて、母も辛そうだった。

今日、訪問の日だったのでむせの話をしたら、急いで10フレのものを持ってきて変えてくれる。
昼のとき、大丈夫かと思ったけどまたむせる。
むせだけでなく、息がはーはー言い出したので、在宅医療の先生に相談。
往診してもらう。

むせは、チューブがのどに入っていて、唾が出やすいのかも。
早々に胃ろうを勧めるとのこと。
息がはーはーはやくなったのは、パーキンソンの症状もあるかもとのこと。


病院に3ヶ月入院していて、レビーと確定診断されたのは2ヶ月が過ぎたとき。
ミキサー食のハーフを食べていたけど、途中から確実に飲み込みが悪くなっていた。
レビーとわかって、飲み込み悪くなっているのに、鼻チューブでそのまま退院させたのか?
今となっては、疑問。胃ろうの話なんて出なかった。

ちょっと不思議。
私たちは、病院の看護のやり方とか嫌でつれて帰りたくて、帰る体制考えるのが精一杯でそこまで
考えてなかったし。

このまま喉が辛いのもかわいそうだから、胃ろうにする方向になりそう。

下水の工事、母の胃ろうと決めることが次々に出てくる。
  
今日の夕飯は、むせがなかった。やっぱりチューブの太さも原因かも。


  1. 母のこと
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下水があふれる

昨日、台風の大雨と満潮が重なり、実家(ふじちゃんとハチの家)の台所横の下水があふれた。

実家は、築40年の古い家。
いろんなところにガタが来ている。
おまけに作ってくれた大工さんが亡くなってからは、なにか起こると知り合いに業者さんを紹介してもらって
そのつど修理していた感じ。


家の場合、ハチは会社の仕事しか出来ないような旦那さんだったので、
(育ててもらったのでありがたいが…)
家のこと全般はふじちゃんがやっていた。
だから、家の図面はどこにあるかわからないし、業者さんもわからない。

昨日は、近所や親戚に聞いたけど、日曜日もあってなかなか来てくれる業者さんがいない。
仕方がないので、市の下水道の指定業者のリストで近そうなところに電話。
すぐに来てくれた。

今日は、応急処置。
そして、排水に泥がたまってしまっているので、配管の工事を新たにやることになる。
少し前から詰まりぎみだったみたい。

ハチは実行力ないし、ふじちゃんはたぶんレビーがじわじわと発症していて
業者探したり、交渉したりするのできなかったのかもしれない。気力もなかったのかも。


そういえば3年位前に雨どいを直したことがあって、業者さんがお金を集金に来ないと何度も言っていた
事があった。「電話してきてもらえばいいじゃん」
と言って、それ以降気にしていなかった。
もしかしたらその頃からふじちゃんのレビーは始まっていたかも。


そんな訳で、今日は朝から下水のことでバタバタ。

ふじちゃんはもう判断能力ないし、ハチはもともとダメだし、
これからどうしよう。
妹もどうしようかねえというだけだし。


難問山積み。

家は、敷地の中途半端なところに家が建っている。
ふじちゃんの話だと、道路が通る予定だったと言っていた。
土地は、ふじちゃんのおばあちゃん夫婦が、汗水流して手に入れた土地。
ふじちゃんは、ずっと、家を寄せて建て直して使わない土地を売りたい。
住みやすい家に立て直したいって言ってた。
ハチはそのままで良いよ言い続けてこの結果。

ふじちゃんは新しい家に住めなかったけど、あとはみんなよろしくってことなのかな。
頭が痛い。
だけど、借金残された訳じゃないし、冬がとっても寒いけど家は残してくれたんだし。
前向きに考えよう。


ふじちゃんが言うように、家建て直しておいてくれたらよかったのにと、ハチにあたってしまった。
ハチも下水のことで疲れたと言ってたけど、やってくれたの業者さんだし。

介護じゃなくて、こんなことで疲れたくない。
家なんて小さな田舎の土地だけど、身の程ってあるよなあと思った。
必要最低限の土地と家があれば十分だよって、教えてもらっているのかもしれない。

そして、私たち夫婦はアパート暮らしで、人並みの土地の事、家の事なんか考えていなかったから、
勉強しなさいってことなのかも。
ちょっとがんばってみるか。




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ふじちゃん眠らないでしゃべり続ける

ここ5日間位、ふじちゃんはずっとしゃべっている。
家に居る家族の名前を呼んで、「はやくして~」、「外につれてって~」「震えをとめてください」
と訴える。
ハチが廊下を通り過ぎると「おとうさーん」と呼ぶ。
わかっている様子。

しゃべりはじめて、意思の疎通ができて、家族みんな喜んでいたけど、
夜中もずっと喋っている怪獣ふじゴンにみんな疲れ気味。
蚊の鳴くような声も、とっても大きくなり、隣の部屋にいてもよく聞こえる。

元気になったのは本当にうれしいよ~。
だけど、寝なくて大丈夫なのかな???

昨日も寝よう。というと「おやすみなさい」
と言っておきながら、喋り続ける。
もともと極端な人だったからなあ。

熊の抱き枕を買ってきて、抱かせたら「これをどけて、いらない」とすごい剣幕でおこれらた。
かわいいのになあ。
好きな動物は?と聞くと「くまねこ」だって。
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リフレッシュ

昨日と今日は妹が休みだったので、母は妹がみてくれた。
昨日は午後から自分の鍼灸治療に。
母さんのことでくよくよしているから、自分で自分の体痛めつけているよと言われる。
考えない時間を5分でもいいから作りなさいとも。
そして、夫と自分自身を大事にしなさいと。(そーだ!!夫をないがしろにしていた)

なかなか難しい。考えてしまう。
考えても変わらないし、考えたら辛くなるのに。
なんで、考えちゃうんだろう。後悔後悔後悔。
もう考えるのやめたい。
やめればいいんだ。


夜は、ピラティスの仕事。
母がこうなってから、仕事を減らしたけど、このレッスンは私の原点なので続けている。
指導しながら、母にこうして教えたかったんだよなー。
とか、また考えている。(私はマザコンだ)

レッスン終了後、久々に自宅に帰って夫と過ごす。
家が汚くなっていた。本当にごめん。
母も大事だけど、そろそろ夫と私の生活も考えていかないと。

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ふじちゃんと私の関係①

ここのところ、過去を振り返って落ち込む。
ふじちゃんが薬で変になっていった頃ではなく、もっと前のことをふと考える。

ふじちゃんは、幸せだったのだろうか?
ぜんぜんわからない。
いつかそういう話をしたいなと思いながら、しないままこうなってしまった。


ふじちゃんは、22歳でハチとお見合い結婚。
23歳で私、27歳で妹を出産。
29歳のとき、家を建てての今のところに越してくる。
今は、新興住宅街でたくさん家が建っているが、当時はポツポツとしか家がなくて田んぼの中の一軒家だった。
子供二人抱えて、父の帰りも遅く、実家もバスで行くしかなく不安な毎日を過ごしていたんじゃないのかな。
近くに少しずつ知り合いもできたけど、どうだったんだろう。
もともと商店街のお米屋さんの娘で、近所つき合いが濃厚な環境から、さみしかったんじゃないかな。


小さい頃、私は本当によく怒られた。
外に出されたり、押入れに入れられたり。たくさん泣いた。
ふじちゃんが怖かった。

妹は、怒られたことがなかったらしい。
一緒に買い物に行っても、選ぶのが遅いって怒られたり。
だから、あんまり買い物に行かなくなった。

中学、高校の頃は顔をあわせれば喧嘩ばかりしていた。
若い頃は、趣味で遊んでばかりで家にいなかったな私。
反抗しまくっていた頃。


私が30で結婚して、ふじちゃんと買い物に行くようになって、とっても幸せだなあと思った。
本当に幸せだった。スーパーでもどこでもふじちゃんと買い物に行ける事が幸せだった。
旅行も行こうといいながら、ふじちゃんは友達と出かけることが多く、数回行ったきり。
これから行きたいなと思っていたのに。


私たち夫婦に子供ができなくて、「孫が出来なくてごめんね」と話したとき、
「あんた達夫婦の人生だから、二人が仲良く暮らしていければいいんだよ」と言ってくれた。
夫の実家が遠くて、GW・お盆・お正月のほとんどを向こうで過ごしてしまっていた。
そのときも、「お嫁に行ったのだから、向こうのご両親を大切にしなさい」
って言ってたけど、さみしかったよね。ごめんね。
妹も仕事が忙しくて、大体 GW・お盆・お正月は、ハチと二人だったもんね。


もっともっと、元気なうちにたくさん話をして、旅行行きたかったな。


ふじちゃんと甲府に行って、お揃いの印伝の財布を買ったことがあった。
甲府の駅で、自転車で旅をしている若者がいて、ふじちゃんがポツリと
「若かったら、あーやって自転車で旅したかったな」と言ったことがあった。

ふじちゃんは、ままちゃり大好きで、どこに行くのもままちゃりで行く元気なおばさんだった。
子供の頃、ままちゃりの後ろに妹を乗せて、私は子供用自転車で2台でいろんなところを走った。
どこに行ったかは覚えていない。
ただ、ふじちゃんの自転車の後ろを必死でついていったことを覚えている。

つづく



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辛い日

今日は、訪問看護の日。
訪問看護は週2回。
自分で排便が少ししか出ないふじちゃんは、てき便されてしまう。
お話ができるようになったので「痛い~」「やめて~」と大きな声をだす。
本当にごめんね。

おまけに、今日は、鼻チューブと尿のバルーンの交換もあり、痛いことだらけ。
本当にごめん。
見てると辛くなる。
なんでここまでなっちゃたんだろう???自責の念爆発。


そして、パーキンソンの症状の強いふじちゃんの両手はこきざみに震えている。
寝ているときは、止まるけど起きているときはずっと。
ふじちゃんは朝から、私やお父さんの名前を呼んで
「震えをとめて下さい」
「手の電気を切ってください」
「手をはずして下さい」
と訴える。でも「辛いね」ということや手をさすることしか出来ない。
こちらから話かけておしゃべりしているとき以外はずっと、手のこと言ってる。
精神科の先生に相談して薬を微量で調整中。
ベルマックスは効かなかった。今、ふじちゃんを悪くしたメネシットを半分で試して5日目。
少しでも止まるといいけど…。


ふじちゃんを見ていて、生きることって本当に辛いと思う。
特に、食べる、排泄する、動くを失ってしまっているからなおさら。

ふじちゃんが楽しいこと。笑えることってなんだろう。

今、大きな声で「車椅子に座りたい」とふじちゃん。
びっくり。
ハチとふたりでは、ベットの横に座ってもらうのが精一杯なので午後からベットの横に座ってもらう。
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父も認知症???

ふじちゃんが急に悪くなってから、ハチ(父)も変だった。
急に激しく怒り出したり、ふらっとどこかへ行ってしまって帰ってこなかったり。
車も3回もぶつけてきた。

そんなある日、後頭部が痛いと言ってひとりで病院に行った。
近くの脳神経外科 ただの頭痛でしょうとのこと。
たくさんの痛み止めをもらってきた。


認知症かもしれないから、精神科のクリニック(ふじちゃんが悪化してから相談にのってもらっている先生)
に行こうと話すが、遠いから嫌だといって聞かない。

仕方がないので、近隣で脳神経内科で物忘れ外来をやっているところも受診してもらった。
ひとりで行くというのでひとりで行ったもらった。
(ひとりでいかせるのもと思ったが、言ったら聞かない性格なので、診断の結果でまた考えようと思った)

長谷川スケールをやって、認知症の診断。アリセプト3mgを処方されてくる。
診察はCTとって5分くらいだったとのこと。
しかも、アリセプトを出しておきながら、次回はいつ来てくださいという話もない。
ハチは、ふじちゃんのこともあり、アリセプトを飲んで進行を止めるときかない。


念のため、ふじちゃんの精神科の先生に相談。
予約をいれて、妹とハチで受診。
検査、問診で1時間弱。年齢相応の物忘れだと思うとのこと。
CTの設備がないので、CTは次回念のためとりましょうとのこと。
ふじちゃんの悪化で精神的に疲れている。
抑肝散を処方される。(無理に飲まなくても良い)
介護者も飲むと不安が消えて介護がうまくいくらしい。


今、ハチはとっても穏やかになっている。病院にいって安心したのだろうか…。
洗濯、掃除にフル活躍。ふじちゃんの分も大活躍。
本当にすごい79歳。
私も見習うぞ!!!
アリセプト飲まなくてよかった。抑肝散も飲んでない様子。

ふじちゃんのことがなかったら、
脳神経内科の物忘れ外来の先生の話を信じて、ハチにアリセプト飲ませていたと思う。
そしたら、ハチは怒り爆発で手がつけられなくなっていたかもしれない。

そして、ふじちゃんが最初にこの物忘れ外来に行ったら、ここまで悪くならなかったかなとおもったけど、
たぶん、この先生にはレビーの診断ができなかっただろうと思う。
もしかしたら認知症とも診断されなかったかも。
お医者さんは、認知症を病気ではなく、たんなる呆けととらえているような気がする。
だから、老人をみて長谷川スケールで検査して、適当にアリセプトを処方する。
ふじちゃんをみていて思うのは、認知症は恐ろしい脳の病気。





  1. 病院
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ふじちゃん通所リハへ

今日は、週に2回の通所リハの日。
経鼻栄養、尿カテーテル、リクライニング車椅子のふじちゃんを快く通わせてくれている施設。
しかも、家から車で10分。本当にありがたい。

ストレッチャーの浴槽ではなく、ヒノキのお風呂に抱えて入れてくれる。
病院から退院してすぐの入浴は、垢だらけだったようで、ぴかぴかになって帰ってきた。
垢の団子ができたみたい。
(病院でもストレッチャーでお風呂に入っていたはず…)


ふじちゃんがいない日、私はどよーんと落ちる。
11月まで普通に料理していた母がこんなになってしまったこと。受け入れられない。
(ちょっと?なところはあったけど。)

原因は、パーキンソン病と言った主治医を信じ、自分の無知で薬を飲ませ続けていたため。
ふじちゃんは、SOSを出していた。
私は、ピラティスのイントラの試験の間際で、勝手に大丈夫とスルーしていたこと。
パーキンソン病は進行がゆっくりだし…。なんて思ってた。
本当に悔やむ。
レビーのブログを見ても、こんなになってしまっている人はいない。
アホな娘だ。私。
みんなご飯食べてるし、いいなあと思う。
徘徊にも付き合ってみたかった。


でもでも…。
ここのところふじちゃんは、よく話す。
全く反応しなくなってしまった、先月末が嘘のよう。
今日も、朝四時から。
「早く、お風呂はいんな」
私の名前を呼んで、答えないと「おとうさん、おとうさん」と大きな声。
ちょっとうるさいくらい。
怪獣ふじちゃんと妹と呼んでいる。


病院から帰って1ヶ月。
私の落ち込みが激しくストレッチをしてあげなかったおかげで、ふじちゃんの関節が硬くなってきた。
もっと硬くなったら、通所リハも行けなくなる。
ベッドでも、あきらめが激しく起こさなくなっいた。

たぶん、また後悔する。
もう後悔したくないから、今のふじちゃんを受け入れる。
ストレッチをしっかりやる。体も起こす。
次の目標は、車椅子。
ひとりで移乗が厳しい。でも、ヘルパーさんとかに手伝ってもらえばできるかも。
車椅子の移乗できれば、散歩にも行ける。
今のふじちゃんの状態を守るために前を向く。

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ふじちゃん喋る。

1週間位まえから、体の向きを変えるときや、着替えをするとき「イタイイタイ」と大きな声がでた。
そこから始まって、「網戸を開けてください」「ハンバーグが食べたい」
などたくさんのことばが出てきた。

3ヶ月入院していた病院では、全く反応しなくなってしまったいたので奇跡のよう。
妹や私の名前を呼んだり、おとうさーんと大きな声出したり。

「動けなくなっちゃったね」とポツリと言ったときは悲しかったけど。
コミュニケーションがとれるのって嬉しい。

たくさん話そうね。

言ってることわかんなくても、「そうなんだ」「そうだねえ」というと
「うん、しょー」「しょーなの」と会話になっていく。

良かった。
今を大事にしていこう。



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ふじちゃんの現状

現在、要介護5
座位保持ができないため、ベッドで寝たきりかリクライニングの車椅子。

半年前 H22年10月末までは、料理作って普通に父と二人暮らしてました。

経管栄養(鼻チューブ)と尿のカテーテルを使用中。
胃ろうでなくて、鼻チューブなのは、病院に行ったとき、眠ってしまっておきない状態で食欲がないため
3日目に鼻チューブをつけられてしまう。
尿閉も起こしていたため、バルーンをつけられてしまう。
こうなった経緯は、まだ辛すぎて書けないので、ぼちぼち書いていきます。

その後、原因不明で3ヶ月入院。
一時はミキサー食も半分食べ、とっても元気になるが、どんどん悪化。
入院2ヶ月を経過してやっと、主治医がレビーと診断。
喋っていたのに、うなずくくらいしか反応しなくなっていた。
本人が、家に帰りたいといっていたので、家に連れて帰る決意。
一時帰宅したときの母の笑顔が忘れられない。
3ヶ月目にやっと実家に。

在宅でなってもうすぐ一ヶ月。
少しずつ、反応がでてきた。
昨日、大きな声が出たのでびっくり。






  1. 母のこと
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はじめまして

みやと申します。
もともと夫とお気楽二人暮らし。

現在レビー小体型認知症の母(ふじちゃん)を在宅介護中

父(ハチ)79歳と母(ふじちゃん)71歳の二人暮らしの実家にH23年4月より
転がり込み介護開始。
妹と夫が通いで介護協力中。
どこまでできるのか?????
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プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

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