レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. スポンサー広告
  2. [ edit ]


ちょっと息抜き

昨日はふじちゃんがデイの日。
実家に居ると、ハチと二人になるので、バタバタと掃除と洗濯をして大体外に出かける。
オムツや日用品、食べ物の買い物が多いけど、昨日は体を動かさないと、ストレスにやられてしまいそうな感じがしてた。

前の日、ふじちゃんのムセが時々あって寝不足だったけど思い切って裏山に登ってみた。
歩いて登ったのは、中学以来かな。往復3時間のプチハイキングだった。
登ると、小学校の頃母と登ったことを思い出した。
大人になって、一緒にくればよかったと自分を責めだした。(病気だ)
もう、一緒に登れないなあなんて思うと悲しくなってきた。

山頂に着くと、景色がとっても良く、住んでいる街が一望できた。
天気もよく、とっても気持ちよかった。
汗のかき方も丁度よい。

たぶんこれから色んなことをするたびに、色んなところに行くたびに元気だった頃の母を思い出して、もう一緒にできないんだなあって思うんだと思う。
前は、今度一緒に来ようと思って、後回しにしていた。

そんなこんなで、半分落ち込み半分リフレッシュ。

夜は、9時に布団を敷いて寝た。
2時間おきに目覚まし掛けて、体交する予定が、気づいたら4時。
オムツも、11時のとき夜用のパットに変える予定でいたからそのまま。
やっちまいました。

おしっこはパットにたっぷりだったけど、布団には漏れずにセーフ。
お尻が少し赤くなっていた。ごめんね。
今日から心を入れ替えて頑張ります。

昨日の筋肉痛が心地よいです。
  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]
スポンサーサイト


去年のこと①

去年の今ごろ、ふじちゃんはまだ普通に暮らしていた。
凝ったもの作らなくなっていたけど、料理もしていた。
友達ともランチとか行ってた。

9月のはじめに家に電話をすると、「胸の下がポツンって赤くなって何か出来てるんだよ。暑いからあせもかも?」
なんていってた。次の日電話をすると、「皮膚科に行ったら帯状疱疹だった」って。

足が動かなくなっているのに、一人で自転車で病院に行った。
その病院は先代の先生はなんでもみてくれたけど、代が変わって内科になっていて、仕方がないので、おばあちゃんの家に自転車置いて、違う皮膚科に行ってきたといっていた。
何でハチに連れてってもらわなかったのか?何で私が気にしてつれていかなかったのか?今でも悲しくなる。

ご飯の支度とか大丈夫と聞くと、大丈夫あるもの食べているし、お父さんも買い物してきてくれるからというので、様子も見に行かなかった私。
体辛かったよね。帯状疱疹だけでも痛いのに…。

今も思い出して、本当に申し訳なくなる。
自分も夫も体調を崩していたので、母さんは、調子が良くなったら来てくれたらいいよ。なんて言ってくれていた。本当になんで急いで行かなかったのか。いまでも良くわからない。
ただ、母さんは強いから大丈夫なんて変な感覚があった。もう70歳なのに…。
母さんが寝込んだこと、今まで見たことなかった。
たぶん、ずっと無理して頑張ってきたんだよね。


ふと思い出して、書いているけど、この一年あっという間だった。
今まで生きてきた中で一番早かった。
こんなに一年が早いと、あっという間に人生って終わっちゃうなと思った。
あと10年位、ふじちゃんに元気なままでいて欲しかったと思ったけど、こんなペースで1年が過ぎていけば、10年なんてあっという間で、終わっちゃう。
ずっと元気でいて欲しかったけど、だらだら暮らしていたら、70歳も80歳も同じかも知れない。
たぶん、ふじちゃんは、もう十分やることやったよと言ってそう。
本当に一生懸命、何でそんなに色々やるのって感じの人生だった。
私としては、ずっと一緒にいたかったけど…。

そんなことを考えていた。
ふじちゃんが今の状態になって、生きているのもどうでも良くなっていた私。
でも、妹や夫が支えてくれて、ハチも淡々と生きていて、やっと自分の人生しっかり生きなきゃと思うようになってきた。
ふじちゃんが今の状況になったことで、生きることのはかなさ、辛さそして、自分の人生の洗い直しをさせられている。

ふじちゃんは、やること極端だったから、今回も激しすぎるけど、いままで放っておいたままだったもんね。今のふじちゃんに恩返しして大事にしていくよ。

  1. ふじちゃんの経緯
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


ハチの通院

ハチの通院についていく。
アリセプトを家族で減らしていたが、必要性を再度確認に行った。

ハチの頭の上のほう、方向をつかさどるあたりにしわが多い。(妹は頭の前と聞き違っていた)
長谷川スケールでは全く問題ない。日常生活も問題ない。
こういう人も数年後にアルツハイマーを発症する可能性が高い。
なので、アリセプトは必要とのこと。
ただ、アリセプトを飲んで発症するかしないかは不明。
飲まないで発症しない可能性もある。
でも、飲んで予防できればそれにこしたことはないとのこと。
量のことまでは聞けなかった。

もう79歳だからいつ呆けてもおかしくない年齢。


家に帰って色々はなそうとしたけど、私には戦闘モードの顔をして超不機嫌なので、顔見てると嫌になるので話すのやめた。ぞっとした。
母もこの顔見て暮らしてたんだと思うと、またかわいそうになる。

母と違って、どうにでもなってって感じ。母のように思い入れは全くない。
  1. 家族のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


ふじちゃんの手

今朝、訪問ナースが来てくれた。
尿のバルーンをはずしてみようとはじめに薦めてくれた人。
若いけど、しっかりしていて手技も早い。

清拭したあと、ふじちゃんの固まってしまった左手にタオルを持たせて、指の間に布を挟ませて隙間を作っていると、突然、小指から血が「ぼたっ」と出てきた。小指は、いつも薬指の中に入ってしまい、ギュット握ってしまっているので圧力がかかって赤くなっていることが多かった。
ちょっと膿んでいたかも…。
じょくそうの一種らしい。
ごめんね。ふじちゃん。

日曜日にデイから帰ってあと指見たときは、なんともなかった。
昨日は、ハチのことでイライラしていて、タオル替えたときよくみてなかったな…。
たった一日だけど気を抜いちゃうとこんなことになっちゃうんだ。

にぎにぎという、手に握らせるクッションみたいなものを買ってみようかと思っている。
手も豆に洗ってあげようと思う。

ふじちゃんから、ハチのことでイライラしている場合じゃないよっていうメッセージかも。

  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


へんくつジジイその2

嫌なことって続き時は続く。たぶん、自分の心がわさわさしているから、余計嫌なことが強烈になっていくんだおと思う。

父方のいとこが亡くなった。8月はじめに病気を診断されてあっという間だった。
いとこと言っても、父は兄弟が多いので、60歳位。
父の実家は、家から車で2時間半くらいのところ。

知らせを聞いてどうするとハチに聞くと、思ったとおり、車で行こうとしていた。
しかも、通夜に行って一度帰ってきて、翌日また行くとうい無謀な計画。
自分の年齢、体力、運転の技術、想像が出来ないんだと思う。

「どう考えても体が大変だよ。新幹線と電車で行って泊まって来て欲しい」と伝える。
すると、「あれもこれもだめじゃあ何にも出来ない。」とまたお怒り。
しかも、結論ばかりを突きつけると…。
結論ばかりって、車で行くか新幹線で行くかだと思うんだけどね…。

とりあえず、父の妹に電話。遠いから来なくて良いよ言ってくれる。
結局、新幹線で葬儀だけ行くことになる。

ふじちゃんが元気なころ、ハチの自分勝手な行動によく困っていた。
そして、ハチはふじちゃんの前に掃除機たたきつけたこともあった。
ふじちゃんは、怖かったよ。嫌になっちゃうって言っていた。
ただ、ハチは私たち姉妹には優しかったので、こんなにひどいのわからなかった。
今、私に対して、たぶんふじちゃんにとっていたのと同じ態度を取っているんだと思う。
昨日は、こっちも頭にきてイライラした。
でもイライラしたら、損だ。心を落ち着かせて呆けた爺さんとして扱っていこうと思う。
私の修行。


ふじちゃんに「こんな人と二人にしておいて本当にごめんね。」と伝えた。
なんにもできなくなっちゃったふじちゃんがますます大好きになる。

そういえば、ふじちゃんに「いとこの○○ちゃん亡くなったんだって」と伝えると
「あれまあ」と言っていた。「お香典どうしよう?」と聞くと「一万円、四十円」と答えていた。
またまた妹と大笑い。

  1. 家族のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


へんくつジジイ

朝、あるがままを認めようと思ったけど、やられた感じ。
やっぱり、ふじちゃんの認知症の原因は、このへんくつジジイのせいだ…。

庭の木が、みっともなく茂っているので、ヘルパーさんに聞いてシルバー人材センターに頼んで、植木の手入れをしてもらおうと、ハチに提案。

すると、「10月から俺がやろうとおもっていたから、頼まなくていい」
「でも、とーさん高い木の剪定は大変じゃん」
「もう計画しているからいい」だって。高い木の剪定、やっているっていうけど、今まで出来てなくてたかーくなっちゃってるし、他の木もへたくそでみっともない。
手をつけてあるのは、決まった木だけ、そんな状況。
木もかわいそう。

「お金ももったいない」だって、ゴミも片付けてくれてそんなに高くないのに、こいつだめだと思った。
ふじちゃんにもこんなこと言ってたんだなと思った。
へんくつジジイ。勝手にしろ!!

その後、あれもだめこれもだめって言われたら、生きてる意味がないだって。
車の運転を近場だけにして欲しいといったのと、高い木に登ってほしくないと言ったそんなの当たり前でしょ。
79歳にもなってただ自分の事しか考えないで生きているのってイヤだな。
こんな年寄りが多いんだろうなあ。


ふじちゃんは、71歳で今の状態になってしまったけど、ハチより百倍は充実した良い生き方をしていると思う。
人の人生って長生きすれば良いってものじゃない気がしてきた。

  1. 家族のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


あるがままに

台風が去ったら、すっかり秋の涼しさ。
ふじちゃんの掛け物、悩みます。
薄手の綿毛布掛けたら、上半身汗だく。様子見ながら調整していこう。

ふじちゃんの今の状態が全然受け入れられていない私。
自分を責める、父、妹、夫、そしてふじちゃん本人を責める。
でも、自分がへとへとになるだけ。そして、また考える。そんなことを繰り返している。そして疲れる。

今朝、ふと思った。
ふじちゃんがこうなったのは、運命だよって。私たちが家族なのも運命。夫と出会ったのも運命。
ふじちゃんと私の親子関係も運命。色々なことやってあげられなかったこと後悔していたけど、それも運命だったんだと思う。
なぜ、ふじちゃんがこうなったのか?ってずっと考えてきた。そうしたら、家の家族の過去を全部否定していた。だけど、そのときは楽しかったし、素敵な時間だった。たくさん笑ったし。
すごく仲が良いわけではないけど、仲が悪かったわけではなかった。
家族でいるとホッとした。それでいいんだと思う。
家の家族はそんな家族。

だから、ふじちゃんが今の状況になったのは、悲しいし辛い、だけど、誰も責める必要なんてない。
ましてや、ふじちゃんの生き方を否定していた自分はおかしいし、病んでる。
ふじちゃんは、本当に一生懸命になって、うちの姉妹を育ててくれた。そして、その後も一生懸命生きてた。
ただそれだけ。
そして、なった病気が認知症だった。ただそれだけ。
急に寝たきりになって、ご飯食べられなくなったのは見ていて辛い。だけど、これも誰の責任でもない。
そんなふじちゃんの運命。変だったことも早く見つけてあげられなかったことも。

あるがままって簡単に思っていたけど、むずかしい。

ただ言えることは、今、目の前にふじちゃんが居て、私がいる。ただそれだけなんだよなあ。
そんな時間。そして、そばにいることでますますふじちゃんが好きになってくる。不思議。


  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


ふじちゃん無事帰宅

ふじちゃんショート終了。
台風通過中のショートだったので、古い実家にいるより、丈夫な施設に居た方が安心だった。
ショート1日目にふじちゃんの旅行仲間のおばさんが実家に訪ねてきたみたい。
ショートに行ったとハチがいうと、わざわざ施設の方に面会に行ってくれたみたい。
ありがたいことだ。

今日、お礼の電話を入れると
「お母さん、歯がカチカチ言っていってることもうわかんなくなっちゃったね」
「あの、流動食は何?」

会いに行ってくれたのうれしいけど、少し落ち込みました。
言ってる事わからないけど、わかるときもあるし、病気だし、しかたないでしょ。

ただ、こういうことにも慣れてきて、スルーできるようになってきている自分もいてびっくり。
ふじちゃんのおかげで強くなりました。
少し位のことは、もうどうでもいいし、動じない。そんな人になってきました。
無言で教育されている感じです。

帰ったきたふじちゃんに「○○さんと△△さん来た?」と聞くと「うん」「その人誰?」「私の友達」
「また来て欲しい?」しばらくしてから「来て欲しい」と大きい声ではっきり。
  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


不思議な体験

昨日から3日間、ふじちゃんはショートへ。
「行きたくない」と言っていたけどごめんね。


午後から夫につきあって、知り合いの方の絵の展示会へ。
会場は、実家から1時間くらいの素敵なところ。
車の中で、何でふじちゃんとここに来なかったのかな?何てまた過去の後悔が始まる。
考えても仕方ない。

初対面でいきなりおばさんにハグされる。そのおばさんが展示会の主催者で「気功」をやっているらしい。
絵をみていると、私の眉間に指をあててくれた。
右の目から、スーッと涙が流れてきた。感情が高ぶったと言うより、涙がただ出て感じ。
辛い思い抱え込んでいるでしょって言われる。

「辛いよ」

その後、その人のお気に入りの松があるところに連れて行ってもらう。
松に抱きついてみる。
松に抱きついていると、あったかくて元気なころのふじちゃんの顔が浮かんだ。
ふじちゃんが包んでくれているような気がした。

不思議な時間だった。
その後、疲れがどっと出て、久々によく眠った。

なんだかよくわからなかったけど、元気なころのふじちゃんに会いたくなったら、あの松のところに行けばいいような気がした。
  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


敬老の日

ハチは79歳なので、敬老会の対象者。
赤飯とバームクーヘンと紅白まんじゅうをもらって帰ってきた。
ハチに母さんの分まで、元気で長生きだよとお願いした。


去年はふじちゃんも、足を引きずって手が動きにくいっていってる位で元気だったので、一緒にハチのもらってきた赤飯とバームクーヘンと紅白まんじゅうを食べた。今年のふじちゃんは、紅白まんじゅうのあんこを少し舐めるくらい。
去年まで、敬老の日といえば、赤飯と紅白まんじゅうだよね~と思ったけど、食べられない人もいるんだろうなあと今年はふと思った。


敬老会に参加できて、紅白まんじゅうと赤飯を食べれることは、当たり前なことではなくてとっても幸せなことなんだと改めて思った。

そんなことを思っていると、母の友達の近所のおばさんが来てくれる。
「○○さん」「私のともだち」とふじちゃん。すごいです。
お話はたくさんできないけど、「また来てね。」と言っていた。
母さんの友達が来てくれると、元気でいいなあと落ち込む。
でも、ふじちゃんの大事な友達。しっかり笑顔で歓迎していこうと思う。

ふじちゃんの仲間のおばさんたちはみんな元気。
そんなおばさんたちを見て、私は、ずっと落ち込み続けるのだろうか?

ピラティスの生徒さんにもふじちゃん位の人が来る。いいなあと思う。
母娘でレッスンを受けに来てくれる人もいて、いいなあと思う。

比べるから辛くなるんだよね。
ふじちゃんのおしっこのパットにたくさんおしっこが出ているうれしさ。
ムセが止まって、すやすや寝ているふじちゃんの寝顔をみれるホッとした感じ。
そんな小さな幸せを積み重ねていけば、ふじちゃんと私だけど秘密の幸せがみつかるかも…。
ふじちゃんが居てくれる幸せ。




  1. 家族のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


おしっこ好調

尿のカテーテルを取ってから、おしっこ好調に出ています。
3ヶ月病院に入院していたとき、ふじちゃんは、たくさん話せて、手足も動いていたけど、おしっこは出なかった。
とっても不思議。

ここのところ、コミュニケーションをとろうと、「おーい。おーい。」と言ってくる。
言ってる事はわからなくなっちゃってるけど…。
ちょっと買い物に行ってくるよ。って言うと悲しそうな顔するし。

明日は、デイで敬老会のイベントがある。ふじちゃんは、まだ敬老の歳じゃないけど。
足が伸びちゃってるので、今まではベッドでほとんどすごしていたみたい。
ショートを利用したとき、相談員の人が熱い人で、ショートのとき、できるだけベッドじゃなくてリビングで過ごす時間をとってくれた。
その人のお蔭で、デイでも車椅子の時間を増やしてくれているみたい。
明日は、車椅子で劇を見せてくれるみたい。

ありがたいことだ。

  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


夏休み

妹が遅い夏休みで、母さんは私がみるからっていってくれたので、月曜日から4日間のリフレッシュ。
ショートじゃなくて、妹がみてくれているから安心だった。
おしっこは、たくさん出ていたみたい。
実家も気になっていたところを豆に片付けていてくれていた。


今日、実家に帰ってくると、久々に母に会えてうれしかった。
何やらよく喋るし。
前は、ずっと落ち込みモードだったけど、戻らない日のことを考えても仕方ないと少しずつ割り切れるようにもなってきた。連休にお母さんとどこかへ行くという友達の話は、すごーくうらやましいけど…。
出来ないことを考えて、悔やんで疲れても自分がしんどいのがわかってきた。



実家の老朽化で、建て替えを考えているんだけど、ジジイが頑固に拒否。
妹は、母さんが今の状態のうちに新しい家に住ませてあげたい。新しい家を母さん建てたがっていたから…と。
ずっと、母さんが家を建てたいと言っていたのを拒否していたジジイ。
妹が説得を始めたけど、このまま拒否していたら、ジジイの部屋だけ残されて建て替えそうな勢い。


うちの夫婦もずっとアパート暮らし。旦那の収入が安定しないのもあったけど、今思えば、何で家を建てなかったんだろう?母がずっと、家を建てろって言っていた。
夫の実家は、ずっと離れたところにあって、しかも長男。弟が両親と一緒に住んでいるけど独身。たぶん、夫は実家に帰りたいんだと思う。
結婚するとき、こっちで住むことをOKしていたけど、たぶん、ずっと実家に帰りたかったんじゃないのかな。一緒に暮らしていて、夫婦としての家族の単位より、自分の両親と弟を優先している感じがずっとしていた。
男の人ってそんなもんなんだろうか?何か夫婦だけど寂しかった。夫婦として家族を作る気持ちがない感じがしていた。

自分の実家に住んでくれる嫁が欲しかったんじゃないのかな?
うまく言えないけど…。それならもっと早く言ってくれたら、こんな中途半端な暮らし方じゃなくて、夫の実家に住んで、長い休みのときは、私の実家に帰省する生活してた方が良かったんじゃなんて思う。
そんなことを今更考えても仕方がない。


とりあえず、実家はもう一度、妹と話し合って建て替えの方向に持っていこうと思う。(修理するところが多すぎる)旦那との暮らしもこれからどうしていくか考えていく時期なのかもしれない。
母は色々溜まった膿を出せといっている気がする。
たぶん、母は感じていたんだと思う。よく、夫の実家に住まなくて大丈夫なのかって聞いていた。

ふじちゃんがこうなって、実家で介護させてもらってるのはありがたい。でも、家はアパートなんだから、そばに来ることも可能な訳で、半年ずっとそのままなのも何だろうと思う。そこまで背負いたくないのも確かだけど、別に介護してくれとは言っていないし。
ふじちゃんのことが、仕方ないと割り切れてきたら、色んなとこがまた見えてきた。そんな4日間。
人生考えたらきりがないなあ。ふじちゃんが元気なときは、私の人生は良い人生だった。ふじちゃんがこうなって、私の人生って何なの?ってなった。だけど、夫のこと、実家の建て替えのこと、前から感じていたことだと思う。特に、夫のことはずっと感じ続けていたけど、しまっていた。気づけ!!何とかしろ!!ってことなんだよな~。どういうふうになるかわからないけど、前向きに考えていけば、いい方向に行きそうな気がする。






  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


尿のカテーテル

尿のカテーテルが1週間で詰まってしまう。
詰まっても、尿漏れするから、もしかしたらカテーテルなくて出るかも???と訪問ナースから提案。チャレンジしちゃおうよと…。

日曜の夜から、カテーテルをはずした。
今日まで、しっかり排尿あり。オムツ交換の回数は増えたけどよかった。
管入れるの痛そうだったし。
管が減るのはうれしい。
  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


良い天気なので

センチメンタルな季節なので、懐かしんでばかりの日記。

良い天気なので、母の着物の箪笥の防虫剤をいれた。
虫干しと思ったけど、湿気が多いので、もう少し先に。
おととし位までは、防虫剤を入れたりしていた様子。
昨年はやってなかったみたい。もう頭が回らなかったのかな。
でも、着物が無事でよかった。


母がよく着ていた着物って懐かしい。
私が着たものも。懐かしいねえ。

母は50位から、和裁を習い出した。たぶん、母の母(ばあーちゃん)が和裁をやっていたこともあり、その影響だったんだと思う。しつけのついた新しい着物がたくさんあった。たぶん、母の縫ってくれたもの。
その頃、私はお茶を習っていて、よく着物の話をした。たたみ方も教えてくれた。
結婚するときも、持って行く着物を縫ってくれた。
私たち娘二人に着せようとして残してくれたもの。
自分は、縫うばっかりで、あんまり着てなかったね。
ありがたく着ていくね。

着物を着るとき、母のところに来て、桐ダンスの前で、どの着物にする?帯は?なんて選んでくれた。
おととしのいとこの結婚式のときも、色んなものを手際よく出してくれていたのに…。

着物の箪笥を開けると、どういう気持ちで縫ったの?どうしたかったの?なんて、辛くなっていたけど、少しずつ前を向けるようになってきたのか、たぶん楽しみながら着物を縫ってくれたこと、そして、着物を残してくれたおかげで、着物に興味を持ち始めたことに感謝できるようになってきた。
どの帯がいいなあなんてもう聞けないけどね。
  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


レビーは多いのだろうか?

 ふじちゃんが胃ろうを作るときに入院した病院のナースのお父さんが、68歳でレビーと言っていた。診断されて3年たつらしい。そのナースの友達のお母さんも60代でレビーと言っていた。
 
 今日家に来た訪問ナースのお父さんも、心療内科で認知症と言われたとのこと。歩き方の様子からレビーらしい。
先生は、レビーってわかってないみたいで、認知症とパーキンソン病と診断したみたい。
このお父さんも60代。コウノメソッドをネットで調べてといっておいた。

そういえば、この前来た友達のおかあさんも、怪しい感じ。

60代後半のレビーって増えてるんだろうか?

勝手な妄想だけど、レビーの症状って自律神経系の交感神経が優位になり続けてしまう印象。過度のストレスや無理に頑張りすぎて、交感神経ばかりにスイッチ入り続けて発症していくとしたら、現代病って考えてもおかしくない気がする。そして、60代後半から70代初めって、頑張ることが美徳みたいな世代なんじゃないのかな。幼少期貧しくて、気づいたら高度経済成長の波に乗せられちゃってというか…。


NHKでやっているおひさまを見ていると、もっと上の世代はゆったりした時間の中で、それぞれのペースで暮らしていたように感じる。


母の場合も、楽しそうにしてたけど、趣味にしても仕事にしても本当に一生懸命やってしまうタイプ。ほどほどという言葉を知らないようなきがした。
何でも一生懸命やりなさいってよく言ってた。

勝手な妄想だけど、そうだとしたら、もっと増えてもおかしくない気がする。
  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


気持ちの整理

今の母の状況についていけない自分がいる。
どうすることもできないんだけどね。
信じられない早さで、寝たきり、胃ろうになったからなのか?
それだけではない感じがする。


何で、母が認知症になったのか。そこが引っかかり続けている。
しかもまだ、71歳なのに…。
人一倍元気で、世話好きで友達も多くて、楽しそうに生きていたのに…。
そんな母が認知症になっていたことが、納得いかない。
私も、母のように生きていこうっておもっていたし…。
孫がいたら?私がもっと外に連れ出していたら違った?なんてまたぐるぐる考えている。


実家の箪笥や押入れの整理をしていると、これはどうしたかったのかとか聞きたいものがたくさんある。
それももう聞いてもわからない。
年末に「何か変?」と言いながら、父に通帳の場所を教えたり、幹事をしていた旅行積み立てのお金を友達に返していた。そのとき「パーキンソン病だから、大丈夫だよ」なんて答えていたけど、あの時、もう少し向き合って話をしていれば、母の思いを聞けていたのかもしれない。
今となっては出来ない話だけど。


母の生き方が大好きだった。性格も似すぎていて、ぶつかりっぱなしだった。
お互いの本心を素直に言葉に出来なくて、すごく不器用な親子だったと思う。
でも、楽しかった。喧嘩して言い合っても、お互いすっきりさっぱりできた。
感謝の言葉とか照れくさくて言えなかったけど、言わなくても繋がっていた気がする。
それが、ふじちゃんと私らしい関係だったんだよね。
結婚するときも「長い間お世話になりました…。」さえも照れくさくて言えなくて、「行って来るね。」って言ったら、「帰ってきちゃだめじゃん。」なんて笑ってた。
それもここのところ後悔してたけど、別に言わなくてもふじちゃんには伝わっていたと思う。
そんな関係の親子だったのさ。
でも、もっとたくさん話がしたかったな。

「ただいま~」って実家に帰ってくると、ふたりでたわいもない話をたくさんした。よく笑った。
それが楽しかった。そんな何でもない時間が幸せだったと思う。
ここのところ、ふじちゃんともっとこうしたかったばかり考えていたけど、そうしなくても楽しい関係だったんだと思う。それが、私たちのありのままの親子の関係。(ちょっとすっきりした)



今の母、口の震えで、言葉がますますわからなくなってきている。
でも、なんとかコミュニケーションがとれている。「うーん」という声もすごくかわいい声になっっちゃった。
今の母をしっかり見て、大切にしていかないと。「しっかりしなよ。そんな子に育てた覚えはないよ!!」って母に怒られちゃうかも。

本当に気持ちを整理するのは、先送りにする。
認知症になったことに理由も言い訳もいらないかな。ただ、認知症になっただけ。
私の中で、母と同年代の人と比べて、うらやましいとか悔しいとか何で母ばかりとか、そんな気持ちがある。


母は、そんなこと考えてないのかも。
「やりたいことは大体やったから、後はのんびりする」なんて言ってたことがあった。父のことで我慢もいっぱいしたけど、母の中ではたぶん、満足した精一杯を生きてきたんだと思う。
娘から見てもそんな印象。だから、人と比べる必要もないかな。人の人生を評価するのも失礼な話。


幸い、旦那が理解してくれて、母のそばに居ることができる。それだけでも幸せなこと。
母の「はーい」というかわいくなった声を聞きながら、母が快適に過ごせるようにすることが今の親孝行かな。

少し、文章にしたらすっきりした。
ずっと、母とこうしたかった。あれがやれなかった。ばかり考えていたけど、そうする必要がなかったのかも、しなくても気持ちは繋がっていたし。(やれていれば後悔は少なかったかもしれないけどね。)
そんな母と娘の関係だから今の私がいる。






  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


プリンがとんだ。

昨日、妹がお客さんからプリンをもらってきた。
ちょうどふじちゃんと「何食べたい?」「プリン」と話していた。

妹がプリンを口に入れると、ふじちゃん「ぷーっ」とプリンを飛ばした。
足のあたりまでプリンが飛んでいった。
かなり笑えた。妹は泣いて笑っていた。

最近、ゼリーとかプリンを口に入れても、「べーっ」て出していたけど、飛ばしたのは初めて。
あんことかクリームとか口に入れると「甘いね」といって舐めたり、オレンジジュースをスプーンから少し舐めているけど、それももうすぐ飛ばしちゃうのかな?
飛ばす方が、ごっくんするより力が要りそうなきがするけど…。


  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


ふじちゃん唾を飛ばす。

昨日も、ムセました。
「くるしいよー」「ねむいよ~」とムセながらいうとかわいそうで。
今日は、むせる前に自分で唾を、だーっと出したり、プーっと飛ばしたりしてます。
唾だせてムセに方がよいです。

「おーい」と呼ぶので見ると、つばがだーっと出てました。
今から、夕食を滴下します。むせないといいのですが。
  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


大切にするという気づき

認知症のご家族を介護されている方のブログを読んでいて、みなさん家族に大切にされているなあ。ご本人うれしいだろなあと思っていた。

私は、母さんが元気な頃何もしてあげられなかったから、だめだなあなんて思ってた。

でもでも、ふじちゃんも他の認知症のブログの方と同じだ。うちの家族に大切にされている。だからふじちゃんうれしいんだと思う。やっと、今のふじちゃんを大切にできることの大事さがわかってきた。

今のふじちゃんを大事にって言われても、全く響かなかった。
でも、どんな状態だって、大切にされていれば本人はうれしいと思う。
そんなことに気づいた日曜日でした。
  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


台風とともに

大雨が降ったり、晴れ間がみえたりちょっと不思議な台風。

晴れ間とともに、気持ちも上がってきて少し不思議。
どんよりすると気持ちもうつうつして、晴れると上がるようです。
人も自然の一部なんだなあと感じます。

昨日は午後から妹が来て、ビール飲んでいろんな話をした。母さんともっと話したり、遊びに行きたかったね。
でも、私たちにしかわからない楽しい話あるね~。と発見。ポジティブな妹がいて本当に良かった。

色々な話の記憶がふたりで食い違っていて驚いた。
こんなんだったら、母さんと遊びに行った思い出も時がたてばあいまいになっちゃうのかなあ。とも思った。だから、あそこに連れて行きたかったなんて後悔してもあんまり意味がないような気がしてきた。
色々やってあげても過去は過去。


だから、また、今日から頑張ます。


ふじちゃんは、昨夜も唾でむせてしまう。
ショート中は、全く問題なかったとのことだったけど。
今日は、朝から元気、エアコンを止めてくれと訴える。寒いのわかっているんだろうか?
  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


今日だめだ。毒を吐きます。

今日、全然だめです。愚痴と毒の嵐です。気持ち悪くなるので嫌な方は読まないで下さい。

ふじちゃんばっかりなんでこんなになるんだよ~。
あんなにいいお母さんだったのに。
なんで、変だと思っていたのに、大丈夫というふじちゃんを無理やり病院連れてかなかったの私。

調子悪くなって病院行って、今度はふじちゃんが「なんかおかしいよ」っていっているのに大丈夫って言ってたの私。
なんでなんで、こんなことになっているの。
さびしいよ。
つらいよ。

ふじちゃん、もう一度じっくり話したいよ。
なんでふじちゃんばっかりこんな辛い病気になってるの。
ふじちゃんの友達はみんな元気なのに、ひどい。
どうして。なんで。

ふじちゃん、やっぱり大好き。マザコンって言われても大好き。
どうしようもなく大好き。
だから、どうしようもないんです。
この気持ち。
どうすることも出来ないけどね。
  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:1
  4. [ edit ]


ハチは認知症ではない気がする。

ふじちゃんショート中は、協調性の皆無のハチはひとりで過ごしてもらう。
ふじちゃんのショートステイ先には毎日通っていた様子。
電話をすると妙に楽しそう。
たぶん、色々言う私たちがいないからだと思う。

認知症?って思ったけど、ハチは認知症じゃない気がする。
物忘れもなく、新聞もしっかり毎日読む。仕事にも行っている。
週刊誌も読んでいる。体調も自分で管理できている。
今まで通り、色んなものに興味を示している。
会話も成立する。もともと深い話をしたことがあまりない。


怒りっぽかったのは、ふじちゃんが寝たきりになって、私たちやヘルパーさんがどやどや入ってきて、自分の生活パターン、テリトリーが侵害されたからじゃないのかな?
認知症というより発達障害だったんじゃないのかという気がしてきた。

毎日洗濯してくれるけど、大雨の日もやってしまう。
昨夜の話、今日も台風で大雨の予報だったので、「明日は、大雨なので洗濯を止めてください」って紙にかいて洗濯機に張ったら、(発達障害は目からの援助が大事)昨日の夜洗濯をして、軒下に干してあった。
やる日の問題ではなく、雨の中干すことが問題だったのに、想像できない様子。
とにかく、決まったことを毎日しようとする。

私が結婚して18年、家を出た頃は、ハチは仕事でほとんど家に居なかったから、変な部分の本質は見えなかったのかもしれない。
でも、ふじちゃんがよく「人の気持ちがわからない。想像できない」「雨でも洗濯する」「友達がいない」「落ち着きがない」困るよ~って言っていた。
一緒に旅行行っても、ひとりで興味のおもむくままどっかに行っちゃうしね。
私もハチと話しても、通りいっぺんの返事しかなかったので、もっぱらふじちゃんに相談していた。子供ながらに父は少し変だと思っていた。でも、優しかった。仕事ばかりまじめにする父がかわいそうに見えていた。そして、旅行大好きなふじちゃんがわがままに写っていた。違ったね。ごめんねふじちゃん。

ふじちゃん、気にしすぎじゃないのかななんて思っていたし、この頃はこういう障害があると思っていなかった。
でも、今思えば発達障害では?

そういえば、何年か前にふじちゃんと喧嘩したとき、掃除機投げて異常な怒り方したっていってた。最近私にも、変な怒り方をするときがある。今までふじちゃんが間に入ってくれたから、初めてみた。
よく、怒ると手がつけられないなんていってた。
怒ったと思うと、次の瞬間ころっとかわるとも。

親戚の法事とか行くと、会食のとき、じっとしていられずに、よくトイレやタバコを吸いに行っていた。
ふじちゃんが、落ち着きなくて嫌になるよ。って言ってた。
ふじちゃんは、無意識にハチのそういう部分をフォローしてくれていたんだと思う。一生懸命フォローして良い奥さんしてたんだと思う。


本当に良い奥さんだったと思うよ。
あんなハチをフォローして、自分の時間ももって、旅行して仕事して趣味をして。
でも、疲れちゃったんだね。
私だったら、ハチと暮らすの絶対無理。もっと、ふじちゃんの辛い気持ち聞いてあげれていれば…。
でも、ふじちゃん強い人だったから、弱音言わなかったね。
時々、この人とは暮らすの大変だよ~って言ってたね。

ハチとご飯食べていると、全く話をしてこないこともある。新聞読んだままだったり。ハチにとってはなんともないけど、感受性の高いふじちゃんは辛かったね。

今、ふじちゃんがこうなって、ふじちゃんのすごさ、強さ、明るさ、ありがたみが良くわかるよ。
ハチが退職して、家にいる時間が増えた10年くらい前からかなり辛かったんじゃないのかな。
もっと、ふじちゃん連れ出せばよかった。話し聞いてあげればよかった。鈍感すぎる娘でごめんね。

ふじちゃんの代わりにはなれないから、ハチは変さ倍増していくと思う。
でも、もう歳だからで良いとさせてもらうよ。周りも変なじいさんと思うだけだし。

私は、ふじちゃんが体を張って、変な父だけどフォローして楽しい家庭を守って私と妹を育ててくれたことに本当に本当に感謝している。二人とも、しっかり育ててもらった。
ここのところ、ハチとご飯を食べていると会話のない食事で本当に辛くなる。こんな辛い思いさせていたことにたくさん後悔する。


本音は、もっと元気でいて欲しかった。もっともっと話を聞いて欲しかった。
でも、もう出来ないし、ここのところ、ハチから救えなかったことばかり後悔してたけど、ふじちゃんは、ハチのことは自分ひとりでたくさんと思っていたし、そういいながら一生懸命支えていた。
だから、ふじちゃんの分もしっかり生きるよ。
ハチは、適当にさせてもらう。

ハチのことは、もう一度、ハチの先生に相談してみようかと思う。
知的障害の施設で働くうちに、スタッフに発達障害の人がたくさんいることに気づいた。みんな結婚していたし、普通の生活をしていた。それを考えれば、ハチが発達障害である可能性もある。
そのころ、少し感じていたけど、父がそんなわけがないって自分で認められなかった。
そのときわかっていたらと思ったけど、それもふじちゃんが知ったらまた辛かったのかも。

天気が悪いと気分も落ちる。
だけど、もう切り替えて、ふじちゃんに大切に育ててもらったことに感謝して、私のできることを精一杯やっていこうと思う。まだまだ、ふじちゃんを大事にできる。ハチに振り回されている場合ではない。



  1. 家族のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


ふじちゃんが帰ってくる

ふじちゃんの4日間のショートが終わって、あと少しで帰ってくる。
ふじちゃんのショートは出発11時半、帰りが1時半と初日と最終日は半日。もう少し長いと助かるけど…。

いつも実家に帰ってくるとき、車でくるけど、今日は電車とバスを乗り継いで帰ってきた。
ふじちゃんが元気なとき、バスで帰るときは、ふじちゃんにシュークリーム買っていく?おかずは何かいる?と駅で電話をして、買い物してバスに乗って、ふじちゃんにこの話しようなんて思いながら帰ってきた。


今日は、バスに乗って、ふじちゃんに会える。元気で帰ってきてくれるかなって考えていた。
前とは違うけど、やっぱりふじちゃんがいてくれることはうれしい。
本当に居てくれるとホッとする。私にとってふじちゃんはそんな存在なんだって改めて気づいた。

ふじちゃんは、ベットで寝ながら、ぼろぼろになった私に最後の躾をしてくれているんだと思う。
そして、本当の意味で自立させようとしているんだと思う。
まだまだ、ぼろぼろで自立できません。ゆっくり自立していくからゆっくり見守ってね、ふじちゃん。
  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

NEW ENTRY  | BLOG TOP |  OLD ENTRY

プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

« 2011 09  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。