レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



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暮れって寂しい。

昨日は用事があって、JRにのって出かけた。
駅には、帰省の荷物を抱えた人がたくさんいたなあ。
とってもうらやましかった。

ふじちゃんが元気だったらなーなんてまた思っちゃった。

ふじちゃん、かずのこや蟹好きだったなあ。

独身の頃の私は、年末年始はスキーで実家には居なかった。
結婚したら、仕事の年末年始の休みが少なくなって、旦那の実家が遠かったので、そっちに優先的に帰って、
ふじちゃんのところに来るのは3日すぎだった。
でも、家はいいから、大丈夫だからってふじちゃん言ってくれた。
寂しかったよね。

なんか、申し訳なくて胸がキューンとなった。
これからの年末年始ってずっと寂しいのかな。



  1. 私のこと
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楽しいクリスマスが…。ハチが大変。

ふじちゃんは飴がどうしても食べたいらしく、「あめ」というので、棒のあめを口に入れようとすると、頭を起こして飴を噛もうとする。
この歯に噛まれたら、手が取れちゃうくらいの勢い。
今朝は、歯ブラシも噛もうとして、口腔ケアがちょっと難しくなってしまった。

飴を噛もうとしたのは嬉しかったけど、歯ブラシも飴も区別が出来なくなってしまい猛獣みたくなった母はちょっと悲しい。人ってこんなになっちゃうんだなあ。



話は変わって、25日のクリスマス。
父、妹、夫、私、そしてふじちゃんが揃った。
ケーキをふじちゃんに見せて少し舐めさせると、「まずい」。確かに少量の生クリームではおいしくないかな。

夫は少し遅れてきて、スパークリングワインを買って来た。
ハチ(父)は既に、日本酒をコップに半分くらい飲んで真っ赤になっていた。
妹が、みんなで乾杯しょうと言うが、6月にビールを飲んで倒れちゃったハチの前科
を思い出したので、やめるようにいったが、知らない間にコップ2杯飲んでいた。
飲みやすくて美味しかったけど。

しばらくして、ハチはテーブルに手をついて動かなくなってしまった。
寝てしまったようだったので、夫と妹で布団に運ぶ。
血圧が下がってしまった様子。足を高くして寝かせると、口を空いて目を開いて「かーかー」と変な呼吸をし始める。
妹が「救急車」と言いながら、「おとうさん」と声をかけると、「おー」っと返事をして笑った。
救急車といわれて、110番に電話してしまっていた私。
結局、大丈夫そうなので、救急車は呼ばなくてすんだ。

お酒こんなによわくなかったのになあ。
レビーの起立性低血圧もあるのかなあ。
最近のハチ、やることは変わらないけど、なんかせせこましさが倍増している感じ。
ばたばた動き回っている。

こんなことがあって、父もいつまでも一緒にいられるわけじゃないんだなあと思う。
まだまだ元気でいてほしいけどね。
イライラして父に八つ当たりばかりしていたけど、父もずっと連れ添ったふじちゃんがこんなになって精神的にもまいっているんだろうなあ。

次回の通院のときに、精神科の先生に相談してみようと思う。

  1. 家族のこと
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世の中繋がっている

最近の母、喉が渇くのか「みじゅー」と水を欲しがる。
スプレーで水を口にふいてあげると、「もう少し」「もう一杯」とか言って、かなりの量の水をふく。
OKな時は、「ありがとう」と言ってくれるので、助かる。

ここのところ、水をふくと、「甘いの」と言う。
それから、「飴」と。

実家には、飴の缶があって、母が色々な飴を買ってきて、いつも一杯にしてくれていた。
飴好きだったなあ。

昨日、棒のついた飴を買ってきて、ベーっと出した舌に舐めさせてみた。「あまーい」「もっと」
調子に乗った私は、飴を口の中に入れてみた、すると母、飴をかんでしまった。
「キャー出して出して」とあわてる私。
母は、ゆっくり味わって、飴を舌に乗せて出してきた。

ちょっとだけど、甘いの味わえてよかった。

そんなクリスマスイブ。
認知症でもご飯食べれていたらな…。なんて考えていたら、なんで母ばかり…。の渦の中にはいって、抜け出せなくなってしまった。もっと大事にしていれば、なんて考えちゃう。

今朝、洗濯物を干していると、近所のおばさんが通りかかる。
色々話していると、「お母さんの事は仕方ないから、くよくよ考えないで、前向かないと。」
「お姉ちゃんが、病気になっっちゃうよ。」って言われた。
私、どよーんとした顔していたのかな???

このおばさん、一人っ子の娘さんとお婿さんをずっと前に、交通事故で亡くしている。
旦那さんも去年亡くなって、時々娘さんの残したお孫さんが来ているみたい。
辛い辛い経験をしたおばさんは、優しかった。そして、凛としていた。
おばさん78歳。元気だー。

「お母さん、楽しい人だったけど、人間いつどうなるかなんてわからないから、今を生きよう。おばさんもがんばるからね」って。
泣きそうだった。






  1. 母のこと
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笑顔が見れた。

3泊4日のショートから昨日帰宅したふじちゃん。
疲れちゃったのか、寝てばかり。
目を開いていても、なぜか私や妹の顔をみると、すっと視線をそらす。
ショート嫌でおこっちゃったのかも…。

あんまり目をそらすので、負けずにふじちゃんの目を見ていると、「ぷっつ」とふじちゃんが吹き出した。
久しぶりに笑ってくれた。
笑うふじちゃんと嬉しくて泣く姉妹。

去年の今頃、ちょっと変だったけど、まだ普通だったふじちゃん。
だから、去年のことを思い出すと辛い。
だけど、4月に病院を退院したとき、話もしないで動かなくなっていたことを思えば、認知症の進行と戦って頑張ってくれているんだと思う。尿のカテーテルもとれておしっこも出るようになったし。
そんなふじちゃんの頑張りに目を向けてあげないと失礼だなあと思った。
また、笑ってね。
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これは認知症の症状なのだろうか?(父)

父と話していると思うこと。
私の話を全く聞く気がない。
一緒にご飯を食べて話しかけても、全く聞いていないので腹が立つ。
もう一度話して、聞いていたかと思うと、話の腰を折って、その話題について自分で勝手に話をしだす。
そして、自分の考えを押し通そうとする。
耳が聞こえないのもあるが、ものすごーく腹が立って、こちらがイライラしてくる。
もしかしたら、いろんなことが理解できなくなっていて、自分の尺度でしかものが見られなくなっているのかもしれない。自分の変な価値を譲ろうしない。

歳をとっていても、人の話をじっくり聞いて穏やかに話が出来る人だってたくさんいる。

母が元気だった頃は、もう少し会話になったような感じがしたけど、そのときは、たまに訪ねてくる実家で、父の話を聞く余裕もあった。
今は、毎日顔を合わせていて、こちらも全く話を聞く気持ちがない。

お客さんとか母のヘルパーさんとは会話になっている。よくわからない父の頭。
無理に会話をしようとするとこちらが疲れるので、極力かかわらないようにしようと思った。


母が認知症になっていたと思われる時期、母と会話をしていて、自分の知っている話に話を持ってきて話をしようとすることが良くあった。
同じなのかもしれない。
ただ、母の場合は全く腹が立たなかった。話を変えられても楽しかった。

父とはあわないんだなあと思う。
父ももう80になる。出来るだけ今の状態を維持していて欲しい。父の介護は私には無理だと思う。
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コッペパン???

最近の母、言ってることはわからないけど、声が大きくなった。
昨日は、「おなかすいた」「ごはん」とお昼と夕ごはんのまえに言ってた。
「ごはんお腹からいれるけど、いい?」「お腹からでいいよ」

夕ごはんのあと、「パンが食べたい」と母。「コッペパン」「ジャム」と…。
食べたいねえ。
買ってきて、ちょっと舐めるだけ舐めさせてみようと思う。

昨日は、一晩中「こっち気来て。さびしい」と言っていた。
でも、眠いので私は寝てしまった。妹は聞いていて寝れなかったみたい。
おかげで、今日はおとなしくなっている。今日も夜ねてくれるのかな。

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うるさい父

母がデイなのでのんびりしようとしていたら、父が掃除を始めた。
父の掃除は、バタバタドタドタ音はするけど、全然きれいにならない。

父が掃除する前に、もうはたきかけて、掃除機もかけたのに気に入らないらしい。
ドアを閉めて、音が極力聞こえないようにして放っておいた。
よく、母が元気な頃、掃除したところをまた掃除するとか、音がうるさいって言ってた。
確かにうるさ過ぎる。

生活音全般がうるさすぎる。

話をしても、自分の話をして、こちらの話を全く聞こうとしない。
耳が聞こえないのかと思ったけど、他人の話は聞こえている。たぶんスタンスの問題。
あんまり話をしていると頭にくるので、必要最低限の会話になる。

こんな人と暮らしていた母は本当に大変だったんだろうなあと思う。
改めて、こんな父の世話をしていた母に感謝。

母が居ない実家に居てもイライラするだけなので、外に出た。すっきりした。


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母の足

力が入ってしまって伸びきってしまった母の足。
特に左足の力の入り方が激しく、右足の上にクロスしてしまう。
訪問ナースがバランスボールの上に足を乗せて、筋肉を緩ませるというトレーニング?をしてくれてから、左足のクロスが少なくなってきた。
両足をベッドの上にすっと伸ばすことが出来るようになった。
バランスボールの上だと、足も自分でよく動かしている。
ナースが来ないときもやってみるけど、他人がいないとあんまり乗り気がしない様子。

そういえば、ヘルパーさんと私のふたりで、母を車椅子に移乗させる日を作っているけど、ヘルパーさんの顔をみて、乗る日と乗らない日がある。しっかり人をみて選んでいるみたい。絶対乗らないヘルパーさんがいる。(あんまりやる気がない感じの人)


訪問ナースが言っていたこと。
96歳のおばあさんが、食事をとれなくなっていたのに、1週間デイに通っていて、訪問ナースの依頼がきて訪ねたときはすでに衰弱していて、なくなられたとのこと。
家族が気づかなかったとしても、デイのナースとか気づかなかったのかなあって。
ナースの話では相当弱っていたまま、デイにいっていた感じがしたみたい。

ちょっと考えさせられた。お家の方も大変なんだと思うけど、96歳でデイって行かないとならないのかな。
しかも毎日。
超高齢者が家でゆっくり過ごすという選択ってもう出来なくなって来てるんだろうか?
ご飯食べられなくなって、ゆっくり自分の布団で休んでいたかったのかもしれない。
もう日本では平穏に死んでいくということが出来なくなってしまった感じがした。
救急で働いている友人の話でも、どう考えても老衰って感じの超高齢者が救急車で運ばれてきてそのまま亡くなることも多いと聞く。そのたび家にいたかったろうにと思うという。
家族は判断できないから、救急車を呼ぶんだと思う。


祖母が亡くなった15年くらい前、まだ近くの先生が往診してくれて、祖母は家で母と叔母夫婦に看取られた。
私にとって、高齢者の死ってそういうイメージだったけど、もうそういう亡くなりかたって出来ないんだろうか?



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プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

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