レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. スポンサー広告
  2. [ edit ]


みんな辛いんだ

先日のピラティスのレッスンのとき、いつもは元気な生徒さんが、すごく元気が無かった。
顔の油や水分が抜けてしまった感じ。髪の毛もパサパサで、やっと来てくれた感じがした。

ただごとではないと思ったけど、声をかけずにいた。
レッスンが終わってから、「とっても疲れているみたいだけど…」と声をかけてみた。
すると、同居されているお義母さんが突然亡くなったとのこと。
「ずっと元気で、その日も朝ごはん一緒に食べたのにねえ」と。
亡くなられたとき、看取る事ができず、どうして???って考えると辛くてどうしようもないと話してくれた。

たぶん、ピラティスどころではなかったんだと思う。でも、気がまぎれるかなと思ってきてくれたみたい。
ありがたい。
ここのピラティスのレッスンは、農家の人が多くて、もう30年位ジャズダンスをやっている仲間のみなさん。
だから、きごころも知れていて、来ると癒されるんだと思う。
50代~70代の人がいて、母もこの地域に生まれていたら、一緒にダンスをやっていたらなあ。なんて思いながらいつもレッスンしてる。

みんな辛い、悲しい思いを抱えて生きているんだと思った。
寝たきりで赤ちゃんのようになってしまった母だけど、介護できてよかったのかもしれない。

もう少し、自分自身が元気になって元に戻れてきたら、このおばさんたちがやってきたジャズダンスのサークルのように長いスパンでピラティスをやれる場を作れたら良いなあと思う。
おしゃれなスタジオじゃなくても、公民館でも十分。
気楽にわいわい、そんなにストイックじゃなくて、楽しく長い間続けられて、年齢層もばらばらで、辛いときも楽しいときも来れば仲間がいる、そんな場を提供できるといいなあ。

  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]
スポンサーサイト


母を見ていて思うこと

夜中の3時から、「起きて~」と絶好調だった母、さっきからすーすー寝てる。
あんまり気持ちよさそうなので起こすのはやめた。
寝ていると、「夕飯、何食べたい?買い物行こうか?」って元気に起きそうな気がする。


最近、「水」「飴」というので、スプレーで水をふいたり、はちみつや水あめを少量、口に入れる。
「ごくん」といい音をたてて飲み込むこともある。
よくあるのが、口にたまった水を「ねえ。どうしたらいい?」って聞く。
のどを触って、ごくんってするんだよって言うと、ごくんと音をたてて飲む。


母を見ていると、物を食べることは覚えているけど、飲み込むことを忘れてしまったように見える。
昨日も、妹が横を向いた隙に、妹の持っていたおせんべを母ががぶりとかじって、おいしそうにもぐもぐしていた。「どうしよう。出して」と妹は大騒ぎ。
その後、口の中の噛み砕かれたおせんべを「ぷっ」っと全部ふいて出していた。
  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


日曜日

今日は、母がデイに行った。
父と妹が珍しく家にいた。妹は、日曜日が休みでないので、日曜日に実家にいることは珍しい。
母が元気な頃、日曜日の昼間、実家に家族全員が揃うことは少なかった。
だいたい、用事を済ませて、午後から集まってきて、夕飯をみんなで食べるってパターンが多かったなあ。
お昼も時々外に食べに行ったけど、ある時から、母が「お父さん外で食べるの嫌って言うから、家で食べよう」って言うことが多くなって…。
たぶん、母の認知症が始まっていたんだと思う。
もっとおいしいものたくさん食べさせてあげたかったな。


「お昼どうしよう??」って話になって、「ラーメン食べたい」という父を連れて、三人で近くのラーメン屋さんに行ってラーメンを食べた。昔からあったけど、はじめて入った。
安くておいしいお店だった。
三人でラーメン食べたけど、たぶん三人ともかあさんも一緒に連れてこれたらって思っていたんだと思う。
これからも、三人で何かするたびに、かあさんも居たらって思うんだと思う。

でも、私たちだったいつどうなるかなんてわからない、だから、みんなが楽しくなることはたくさんやっていこうと思う。かあさんもそのほうがうれしいよねきっと。




  1. 家族のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


リフレッシュ

母は火曜日からショート。
そして、さっき帰ってきた。

ショートのノート見ていると、水曜日入浴、木曜日は入浴時拒否が強いので清拭したと書いてあった。
ショートのとき、いつもは、火曜木曜の入浴だけど、今回は水曜木曜だったんだ。
でも、拒否強いから清拭って、母の拒否は、「いや~」「やめろ~」って言って、少し手を動かすくらいで、なんで入れてくれなかったんだろうと思う。
母の意志を尊重してくれているけど、なんでも嫌なんだから、お風呂入れて欲しかったなと思う。
たぶん清拭だって嫌だったと思う。
次のデイの日曜日までお風呂は入れないな。

ショートは月1回で4日間行っているけど、その間は夫と過ごしている。
母と離れていると、母の状態が現実じゃないように思えてくる。
実家に帰れば元気な母が「お帰り。」って迎えてくれるような感覚になる。
離れていればいるほど、現実が辛くなって、今日からまた母の介護が出来るのかってはっきり言ってきが重かった。
でも、帰ってきた母を見てなんだかほっとした。「おかえり母さん」ってうれしかった。
そして、車椅子からベッドに移ったとたん「テレビつけて」だって。
また、母とやっていけると思った。
  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


怒る母

オムツを替えようと、体を横にするよと言うと、「いや~」と嫌がる。
最近は、動かなくなってしまったはずの手が動き出して、オムツ替えを阻止しようとしたり、私の方を見て、手で叩こうとする。

かわいそうなんだけど、嫌な事が言える様になってよかったのかもと思う。

「今、何時?」って聞くことが多くなってきた。
体は全く動かないけど、前より会話が続く気がする。

でも、オムツかえるのも、着替えも、固まった手がくさくならないように洗うのもみんな痛いし、いやなことばっかりなんだなあ。

「実家に行って親に会いたい」(といっても、おばあちゃんもういないけど…)が最近の要望。
嫌な事ばかりだから、もう少し暖かくなったら、連れていこう。

「勉強教えて」っていうのもあった。音楽を勉強したいらしい…。
どこの学校行ったのって聞いたら、小学校から洋裁学校まで、みんな答えた。
高校が一番たのしかったらしい。

こんな時間が楽しい最近。

  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:3
  4. [ edit ]


父のことで気がめいる

父が80歳になった。
体は元気なので、本人は若いつもりでいて、老人の自覚がない。
週3回パートに行っているが、働かせてもらえる場所があってありがたいと思う。
断られるまで、行ってもらおうと思っている。

それ以外の日は、すぐに車に乗ってどこかに行ってしまう。
たぶん、コンビニで饅頭を買って、公園の駐車場で食べたりしている様子。
昔から家でじっとしていることができなかったけど、ここのところ頻繁になってきている気がする。

しかも、車に高齢者のマークをつけようとしない。
父がいないとき、車につけておくと、はがして出かけていってしまう。

「高齢者のマークは、周りが気づいてよけてくれるからつけておいてほしい」と頼む

すると、ものすごい形相で、(大体私の話を聞く気がないので、いつも怒った顔になる)

「この前、○○通りでこのマークをつけていたおかげであおられた。あんまり頭にきたから、急ブレーキを踏んで
後ろの車を止めてやった、そしたら若造が出てきて、ごめなさいと謝った。謝ったから許してやった。近所の人も出てきてあれはひどいと言ってくれた、だからマークはつけない」
と変な言い訳をおこりながらした。そんなに怒らなくてもいいのにって感じの話し方だった。
ただ、○○通りはとっても広い片側2車線で車の通りが少ない、だからあおらなくても余裕で抜けるす、急ブレーキ踏んでもよけてとまらないと思うし、近所の人が出てくるほど人もいない。そして、父は他人に怒れない。
作り話じゃないのかなと思った。

その前にも、「高齢者は運転が下手だっていうけど、若い女が急に割り込んできてぶつかるところだった」って言ってたけど、話を詰めていくとつじつまがあわなくなってくる。

認知症の症状なのかもしれないと思った。

友達が介護予防事業所っていうのがあるから、そこに通わせたらって教えてくれた。
要支援1からいけるらしい。パンフレットをみると、筋トレとかインターネットとかやっている父より若い人が載っていた。電話で聞いてみたら、まず介護認定をしてもらってくださいとのこと。

私の顔を見たら、また怒鳴りまくるので、妹から介護予防の場所があること、通うと体の調子がよくなってお得だけど、介護認定が必要なことを話してもらおうと思う。

要支援1って父の場合もらえるのだろうか?でも、パンフレットの人は父より若いし、しっかりしてる感じがする。
耳が聞こえなくて、会話が上手く通じない。あとは、認知症の可能性があると言われてアリセプトを飲んでいる。精神科の先生に意見書を書いてもらえたら、判定がおりるのかな?
  1. 家族のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


母の気持ち

訪問看護が来てくれたとき、「乗って」という母の話をした。
「ダブルベッド使ってる人いるよ~」と看護婦さん。

だんなさんを介護している奥さん(母と同じ年)が、さびしいからといってダブルベッドで介護していて、
普段も一緒にベッドでテレビみて、一緒に寝てるそう。
母よりもっと話せないし、動けないと言ってた。
素敵な夫婦だなあと思った。
奥さん、さびしいよね。

そんな話をしていると、母が「いいねえ~」と笑った。
元気な頃の笑顔、そして元気な頃のいいねえだった。
母が元気だったら、一緒の布団でなんて寝なかったんだろうなあ。
今は、ときどきベッドにもぐりこんでいるので、母の感触、母の暖かさを感じている。
たぶん、ずっと忘れない。

ケアマネさんに相談しよう。
  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:1
  4. [ edit ]


すっきりさわやか。

昨日は、母も夜ぐっすり眠り、体交してもオムツかえても起きなかった。
おかげで、私もよく眠れた。

今日は朝から、ピラティスの練習に行ってきた。
父に母を頼もうと思ったけど、妹が丁度きてくれたので、安心して出かけられた。
たった1時間だけど、家から離れて自分のために体を動かすのって気持ちいいし、大事だなあと思った。

母との時間を大事にしながら、自分のできることを無理せずにやっていこうと思う。
母のことで落ち込んで、1年ほど、体がまったく動かせなかった。
動きたいとも思わないし、動けなかった。
呼吸も深くしようとしてもできない。やりたいとも思わない。そんな状況だった。

少し元気になってピラティスやっていても、自分の体に意識が向かず、動いているのがやっとだった。
少しずつ、呼吸や自分の体に意識が向けられるようになってきた。
まだまだ回復はしていないんだと思うけど、自分のためにもそして、生徒さんに失礼がないように動けるようになろう。

病気のとき、人の呼吸はとっても浅くなるという。
私も、呼吸浅かったなあと思う。
深い呼吸をしようとしても、できなかった。不思議だったけど、できなかった。やりたくもなかった。
1回できるようになると、少しずつ回数が増えてきた。
深い呼吸が戻ってきたとき、体に意識が戻ってきた気がした。

ちょっと疲れたとき、落ち込んでるとき、体にたまった息を思い切り吐いて吐ききるといいですよ~。
そうすると、自然に新しい空気がたくさん体に入ってきて深い呼吸になります。お勧めです。

  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


道案内

昨日デイから帰ってきたとき、スタッフの方が「今日は、帰り道を教えてくれました。」って報告あり。
妹と二人で「えーっ」とびっくりしてしまいました。

道順も正確で、近くの飲み屋さんの前で、「ここですよねえ」って冗談で言ったら、「違う。この先の右」としっかり答えたとか。
すごいとしか言えない。
あんな状態でも、わかっているんだなあと思った。
もっともっと話していこうと思った。

昨日の午後、コシノヒロコさんがテレビに出て、お母さんのことを話していた。
おかあさん92歳まで生きてうらやましいなあと思った。そして、コシノさんも74歳、母より年上。
お母さんはライバルって言ってたけど、そうだなあと思う。
そして、今、74歳で母親に反対された絵をはじめたそう。なんかいいなあと思った。

ふと昔のことを思い出した。
母は洋裁や編み物が上手で、着るものすべてが手作りだった。だから、母のようになりたいなあと思っていた。
でも、母はとにかく勉強や部活を頑張れと言った。家の手伝いより、今は勉強と部活の時期だと。
そんなんで、怒られるの怖いから勉強したなあ。
あの頃、洋裁とか教えてもらっていたら、もっと母と濃い時間が過ごせたのになんて、過去を思った。

また落ち込みのループに入りそうになったけど、母はたぶん、自分が出来なかった勉強や部活を娘にやらせたかったのかなと思う。(店の手伝いばかりしていたって聞いた。)
そして、進学校に行って、落ちこぼれたけど、今の私が居るのは母のおかげなんだと思う。
何のために、勉強させられたのかって思ってたけど、おかげで今楽しく生きている。
母の分もまた、頑張っていこうと思う。人生一生勉強だよって母が言っていたなあ。


  1. 母のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


ちょっと嫌な感じ

毎日母を車椅子に乗せたいのだけど、二人がかりでやっと乗せているので、週一回だけ、清拭とオムツ交換の後、ヘルパーさんと一緒に車椅子に乗せる時間を作っている。暖かくなったら散歩するつもりでいる。

今日がその日。
でも、今日のヘルパーさんのときは、母は車椅子の乗るのを絶対拒否する。
他のヘルパーさんのときは、そんなに拒否しないし、介護タクシーやデイのスタッフさんでもそんなことはない。

ヘルパーさんは、全く乗せる気ない感じが来たときから漂っていた。
次回からは、この方に来てもらうのはやめようと、事業所さんにお願いしようと思った。

母の着替えを一緒にやっているとき、
「家のおじいさんもふじちゃんと同じように、胃ろうになる予定だったんだけど、亡くなったんです」
とポツリと話した。そうか、今日は辛かったんだと思ったけど、仕事だよ。

おじいさんの年を聞いたら94歳。
1月のはじめにご飯を食べるとむせるようになって、ご飯が食べられなくなって病院に入院して、胃ろうをすすめられたけど、家族が迷っているうちに亡くなったらしい。

話を聞いて、ちょっと嫌な気分になった。
94歳っていったらもう十分生きているし、たぶん老衰???そんなおじいちゃんに胃ろうをすすめる病院にもちょっと不信感。そして、72歳の母と同じにしないで欲しいなあとも思った。

でも、家族の考え方、人の考え方はそれぞれで、94歳であっても胃ろうにして生きていて欲しいと思うのだと思った。そして、94歳の命も72歳の命も家族にとっては同じ命なんだと思った。
ただ、自分だったら母が94歳で同じ状況だったら胃ろうはしないと思う。

訪問医のこと、胃ろうのこと、今の医療に違和感をかんじてしまう。

  1. 私のこと
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


訪問ナースに聞いてみた。

母の耳だれの件は、妹の知り合いの知り合いの耳鼻科の先生に聞いてみることができた。
実際みてもらったわけではないが、痛みや熱がないので、耳垢がお風呂に入った時の水でふやけて、みみだれになった可能性があるとのこと。
訪問医の処方した内服の抗生剤を止めて様子をみることにした。
もし、治らなかったら近くの耳鼻科を紹介してもらうことになった。

訪問ナースに、訪問医の相談をすると、病院にいけないから訪問医頼んでるのにね…。と言ってくれた。
少しくらいのことなら、全身みてくれないとねとも。
耳に入れる抗生剤ですぐ治ると思うと、ナースの見立て。
ナースにもわかるのに…。
簡単な病気なら薬出して欲しいと思った。
皮膚に塗る薬出せて、出せないのもおかしいよねえと笑った。

この辺の訪問の先生、訪問してくれる先生が少ない。
訪問してくれても、聴診器あててくれればましらしい。そんな状況。
訪問してもらうのをやめたお家もたくさんあるみたい。
どーんと腹の座った訪問医って居ないのかなあと思った。

母も今の状況だったら、月1回くらいなら通院できるから、胃ろうのオペした先生のところに通院してもいいのかもしれない。







  1. 病院
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]


訪問の先生

母は、リクライニングの車椅子には何とか乗れるが、足が伸びきったままなので、車椅子で車に乗せての移動になる。なので、通院は介護タクシー。

月に二回、内科の先生が訪問に来てくれるけど、血圧はかって、胸の音聞いて、5分くらいで帰ってしまう。
親身に相談にのってくれてる感じがしない。
そんなものなのだろうか?
この先生と一緒に、母の看取りとかできるのか、少し不安になる。


昨日も、左の耳から耳だれがたくさん出ていた。
丁度、訪問のときだったので、相談すると、自分は内科なので内服薬しか出せない、内服して治らなかったら、耳鼻科に行ってください。だった。
別に病院つれてくのは嫌ではない、だけど、今の状態の母を急に耳鼻科に連れて行って診てくれるのだろうか?
たぶん、連れて行く前に電話で確認して…なんて作業が必要になる。
在宅医療をうたっている先生なら、耳鼻科の領域までみてくれとは言わないけど、お医者様のネットワークで、ここの耳鼻科に話といたよとか出来ないのかなあと思った。

今の状態だったら、訪問してもらわなくても、訪問ナースで十分足りてしまう感じがする。
そんなことを思った昨日。

  1. 病院
  2. / trackback:0
  3. / comment:1
  4. [ edit ]


かなりわかっているみたい

昨日の夜。
「乗って」「寂しい」と一晩中続き不眠でした。
添い寝して、寝たと思うと、目をあけてわたしが横に居るのを確認して、かわいいのですが…。
狭いベッドにしばらく一緒に寝てたけど、背中が柵にあたって冷たいのと、腰が痛いのでやめました。

添い寝してるとき、「お母さん洋裁上手だったよね~」なんて話していると「編み物も上手だったよ」と母。
結構わかっているんだなあと思った。
うれしかった。
元気な頃の母が居ないのは寂しいけど、こんなになっちゃった母も母なりにいろんなこと考えて一生懸命生きているんだと思う。ちょっとうるさいけど…。
そして、まだ信じられないんだけど。


今日も、「乗って」って言ってるけど、横に布団を敷いてあるからと見せて添い寝は勘弁してもらう。


  1. 未分類
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]

NEW ENTRY  | BLOG TOP |  OLD ENTRY

プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

« 2012 02  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 - - -

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。