レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



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誕生日の外出

母の行っているデイは、お誕生月の外出の企画がある。
通常、数名の利用者の方で行くみたいだけど、母の場合、母とスタッフの方二人のVIP待遇だった様子。
外出といっても、午前中だけだけど、母には十分かな。
昨日は天気も良く、風もなくてあたたかく良かった。

桜を見に行く予定が、花が咲いていないので、母が行きたいというところに連れて行ってくれた。
ずっと行きたがっていた母の実家の前を通って、あとは公園に行ってきたみたい。
公園で母の知り合いにたまたまあって、良い時間を過ごせたようだった。

母の知り合いに電話を入れると、丁度母に編んでもらったセーターを着ていて、そのことでスタッフさんと話がはずんだんだよって教えてくれた。
また、連れてきてよとも言ってくれた。

私は、母がデイに行ったので、近くの小高い山にある神社に登ってみた。
小学校の遠足以来だと思う。
景色がとっても良くて、気持ちよかった。
子供の頃、母がよく近くの裏山に連れて行ってくれたり、よもぎを摘んでヨモギもちを作ってくれたのを思い出した。

母が元気だった頃、景色の良いところにいくと、今度は母を連れてこようとよく思った。
今は、景色がいいところに行っても、母と一緒にきたいなあと思ってももう一緒に来れない。
ちょうど母が笑ってる写真を持っていたので、母に見せてあげた。
母はまだ生きているけど、ここには来れないから。
今度は、写真を撮って、もってかえって見せようと思う。


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母さんの友達が来た

久々に母の友達が二人で来てくれた。
高校時代の母の話をたくさんしてくれた。

母に「誰?」と聞くと「友達」と言っていたのでわかっているみたい。
母は、友達に唾をぷーっふいて、口を拭いてもらっていた。
噛み付こうとする母も軽くあしらわれて、友達っていいなあと思った。

駅まで送っていく車の中で、一人の携帯が鳴った。
携帯の声が男の人だった。すかさずもう一人が、「女じゃないよね」と突っ込む。
「そうだよ」だって、「奥さんいるんでしょ」とまた突っ込む。
「奥さんは亡くなっているよ」「じゃあいいじゃん」だって。
おばさんも旦那さんなくして十年以上経っているし、ぜんぜん問題ない。

元気だったら、まだ恋も出来ちゃう年齢だったんだなあと思った。
そう思うと72歳はまだ若いんだなあ。
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介護保険の改正の説明会

昨日は、母のデイとショートの施設の介護保険の説明会に行ってきました。
妹が仕事が休みで一緒に行ってくれたので、心強かった。

デイとショートに関して、母に関係するところは、胃ろうの加算がつくところ。

母の利用している施設は、老人保健施設なので、入所の利用者を在宅に戻すのが役目なのだけれど、昨年1年で在宅に戻った入所者は一人も居なかったそうです。
入所を決めているから、入所なんだし、特養とかいくところがないからここに来るんだし…。と思った。

ヘルパーさんと訪問看護についても変更がありそうなので、ケアマネさんに確認する予定。

それにしても、説明会に来ている家族は、ほとんどが60代や70代で、どちらかというと母に近い年齢のご家族を見ると、なんで母はこんな病気になったのかなあと思う。母が元気で父の説明会に一緒に来ているっていうパタンーンだったら…。なんて考えてた。

施設から帰るとき、こんなところにこんな大きな施設が出来ると思わなかったし、今の年齢で母がこの施設を利用するとは思わなかった。妹もそんなことを言っていた。

家に帰ってくると、母にだたいまというと、「うーん」とかわいい声で答えてくれた。
ここのところ、あんまりしゃべってくれなくなってしまったので、また話してくれてうれしい。


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父の通院

先週の金曜日、父の精神科の通院についていった。
最近は妹が行ってたが、妹の都合がつかず私が行った。
この日の父は、ものすごく機嫌がよく、車の中で色々なことを話しながら行った。
先生の前でも、自分の状態を話し、母が認知症になっているのに一緒に住んでいて気づけなかったことを反省していると初めて話した。
父も辛いんだ。

薬は結局、アリセプト5mgと抑漢散1包を継続。アリセプトを減らしたいことを話したが、そのままで大丈夫とのこと。怒りっぽいときがあると相談したら、4月に抑漢散をメマリーにしてみたいとのこと。
また良くわからなくなった。大丈夫なのだろうか?
帰りの車で、怒りっぽいのはアリセプトのためかもしれないから、アリセプトを半分にしようと話したが、先生が大丈夫っていっているからと聞いてくれない。
心配だけど様子をみていくしかない。

父は、機嫌のいいときと悪いときのギャップが激しい。
ただ、前より機嫌のいい時間が持続している。
それは、私の精神状態も関係している感じがする。私がいらいらしていると、父のいらいらもピークに達する。
穏やかに接していれば穏やかさが続いている。

金曜から昨日まではすごく機嫌がよかったが、昨日、アマゾンの着払いの宅急便が届いて、私のかわりに受け取ってくれようとしたら、宅急便の人に「お金もらわないとならないから…」と言われて、それが聞き取れずに自分が
役に立たないと思われたと思ったのか、その後から急に機嫌が悪くなって、今もそれが続いている。
先に、着払いのお金をわかるようにしておけばよかった。

母のことも、普通のことでも父にとって想定外のことをしようとすると、不機嫌になる。
不機嫌になるのは当然なのかもしれないけど、それが極端すぎる。


日常生活はしっかり自立していて困らないし、物忘れもいまのところないし、一見しっかりしているように見えるけど、通常ここまで不機嫌にならなくてもと思うところで、ものすごーく不機嫌になっちゃうのは、やっぱり認知症なのかもしれない。
逆に、機嫌のいいとき、特に他人に対して、気持ち悪いくらい穏やかだけど、これもそうなのかもしれない。

不機嫌な父に接したくないなら、こちらのほうで気をつけて行くほうがお互いの精神状態にもよさそう。
そんなことを思った。

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母を想う

昨日は睡眠が浅かったようで、何度も目が覚めて、いろんなことを考えながら寝ていた感じ。
母の介護が始まるまで、毎日ぐっすり眠れていたので、時々こうなるのが辛い。

体は休まっているんだけど、頭がずっと働いてしまっていて、頭が眠って居ないんだと思う。
考えていも仕方がないのに、無意識の世界で考えているんだろうなあ。

考えることはブームがあって、最近は母はかなり前からじわじわと認知症になっていったのではないのだろうか?
ということをぐるぐる頭を回る。20年くらい前にあった出来事ももしかしたらと思う。
考えても仕方ない。

夫が昨日来ていたが、夫の両親は母より2歳年上だけど、元気でうらやましいなあと思う。
そして、母が寝たきりになってしまって、夫には迷惑かけてしまっていて申し訳ないなあと思う。
こんなところには本当は来たくないだろうなあ。

平凡な人生を歩んでつまらないなあなんて思っていたけど、平凡に暮らせることっていいなあと思う。

母の顔を見ると、なんでこんなになってるんだろう???って思う。
よくわからないけど、こんなになっているのは確かで、こんなになっている母に付き合いたいと思う自分がいる。
あんまりいろいろ考えないで、寝て起きてご飯食べて、掃除洗濯して、母の介護して父の様子を見る。まずはそれがしっかりできていればいいのかもしれない。

ストレッチとピラティスも毎日しっかり続いていますよ。

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今だから出来ること

母の様子がおかしくなって、昨年の1月に仕事を辞めた。
今は、母の介護中心の生活+ピラティスのイントラを何本かやっている。

母は寝ているか、たまに車椅子なので手がかからないといえばかからない。
でも、そばに居ないと「おーい。おーい」と大声で呼んだり、唾をぷーぷーして、口の周りを唾だらけにしている。
なので、ベッドの横で、ネットをしたり本を読んだりしながら、母と話をしている。

昨夜読んでいた本で、毎日何かやることを決めてやり続けることの大事さが書いてあった。
そういえば、お坊さんの修行って、毎日同じ時間に同じことをやっている。
そうすることで、何か見えてくるのかもと思った。

私はお坊さんではないし、家に仏さんもないからお経を読むのもなんかと思い、毎日しっかりピラティスをやることと、ちょっと辛いけどやった後きもちいストレッチを数種類決めて、やってみようと思う。
そして、自分の気持ちや体がどう変わっていくのか、観察してみようと思う。

フルタイムで働いていたら、時間も拘束されていたし、仕事のストレスでこんな時間は持てなかったと思う。
介護で社会から取り残されていっているんだろうけど、こんなときだから、自分の体に向き合ってみるのもいいのかなあと思った。
今まで、辛くて寂しくてそばについていたけど、それだけもったいないし、母にも悪い。


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デイの皆さんに感謝

木、日曜日の週2回利用させてもらっているデイ。
母の場合、お風呂に入れてもらうのが目的。その間リフレッシュもさせてもらう。

昨日は、誕生日だったからと言って、若いスタッフの方と写真を撮ってもらった。
いい感じに写っていた。
そういえば、寝たきりになってから写真撮ってないなあと思った。
母が母でなくなってしまったようで撮れないでいた。
昨日持ってきた写真を見ると、やせてしまっているがやっぱり母は母。
これから、一緒に写真を撮ろうと思った。

送ってきた若いスタッフが、「今日は2回オムツ替えてって教えてくれたんですよ。」と言ってくれた。
「パット見たら本当に出ていて…。」
うれしそうに話してくれた。母も役に立ってるんだなあと思った。



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去年の今日

地震が起きた時間、病院に入院中の母を車椅子に乗せ、父と母と私と三人で、陽のあたるロビーで過ごしていた。
大きな窓ガラスが音をたてて、しばらくして揺れ始めた。
父は地震に気づかなかった。

かなり長い時間揺れた。
病室に戻ってテレビをつけると、東北で大きな地震があったことを知った。

そのとき、母はまだ原因不明で動けなくなりご飯が食べれなくなったとされていた。
パーキンソンの薬と抗うつ剤の副作用の可能性ももあり、薬が抜ければ改善するとも言われていた。
だから、また元に戻ると思っていた。
ただ、右手が動かせなくなって固まってきているのが気になった。
言っていることも変で、会話にならなかった。

同じ日本で大変なことが起きているのに、自分は母のことしか考えられなかった。
少しして、母がレビー小体型認知症と診断され、もう治らないと言われた。
診断されるまで入院してから、2ヶ月が過ぎていた。

そんな状況で、震災の報道をされていても、全く頭に入らずにいた。
テレビを見ていても、入ってこなかった。
自分の気持ちが落ち着いて、震災のことをしっかり知ることができた。
あれから一年。

震災で親を失った子供たちの心の傷が癒えない…。と新聞に書いてあった。そんなに簡単に癒えるはずがない。
朝は一緒に過ごしたお母さんがもう居なくなるなんて、しかも小さな子供。

今まで、自分のイメージした人生が続くものと思って生きてきた。
でもそれは違うって、震災や母の病気が教えてくれた。
生きていること自体が奇跡で、綱渡りみたいなようなもので、思った明日が来るなんてわからない。
うすうすはわかっていたのに、忙しさでごまかして忘れようとしていた。
そして、自分が根をはってしっかり生きていない感じをずっと持っていた。

中年と言われる歳になってやっと気づいた。
一番大事な家族を大事にしていなかったから、根っこがぶれていたんだと思う。
仕事でがんばっている姿を母に見せたかったのかもしれない。
母は寝たきりだけど、まだそばに居て見てくれている。
先のことはわからないけど、家族や周りの人たちを大切にすることを一番に生きていこうと思う。

振り返ったときに、どっしりと根を張って生きていたらいいと思う。



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お母さん誕生日おめでとう。

今日は、母の誕生日。
72歳になった。
結婚してから、母の誕生日には毎年、実家に電話をしていた。
「お誕生日おめでとう。元気で長生きしてね」って。
おととしの70歳の誕生日のときは、たまたま、父、母、妹、私が実家にいた。
なので、ケーキにろうそくをたててお祝いした。
急だったので、ホールのケーキがなくて、ショートケーキだった。

そのとき、母は誕生日にホールのケーキのろうそく消したことないんじゃないかなと思った。
だから、71歳のときは、ホールのケーキを用意しようと思った。
でも、去年の71歳の誕生日は病院で、しかも鼻にチューブが入っていた。
妹がちょっと高いプリンを買ってきて、父がお花を買ってきてお祝いした。
母は、まだプリンをおいしいといって食べていた。

ことしは、プリンと生クリームを少しなめただけ。
もっともっと前からホールのケーキを買ってきてお祝いしてあげればよかった。
でも、自分のことが精一杯の私は、そんな余裕もなく、そして、母はずっと元気でいるものと思っていた。
うちの母は絶対に大丈夫なんて思っていた。

ここ数日、「おーい」というだけであまりしゃべらなくなってしまった母。
この先を思うと不安になる。
だから、もう考えない。何でもない今日をしっかり生きて無事に終わればそれでいいんだと思う。


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おじが来てくれた。

母がデイに行ってから、おじ(母の弟)が来てくれた。
「母さんは今日デイだよ」って言うと、「あんた達の様子を見にきたんだよ」だって。
おいしそうなシフォンケーキがお土産だった。

おじさんは、小さい頃、ギター教えてくれたり、スケート連れてってくれたりした。
少し話すと何だかホッとした。

母が何でこうなったのか、しっかりして一番こんなふうになりそうな人じゃなかったのに…。
とおじがポツリと言った。

それから、今の古い家が建ったときの話を聞いて、ひとつなぞが解けた。
また来るからと言って帰って行ったおじ、母がよこしてくれたような気がした。


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父のことで動きたいけど

父が、週3回行っていたパートを辞めることになった。
もう80歳だし、まあそれはいいんだけど。
そうすると、毎日家に居ることになる。家にじっとしていることが出来ないから、車に乗ってふらふら出かけていくことになる。
なので、介護予防かなにかで、送迎つきでどこかに行ってもらいたいと思っている。
毎日長時間、父と過ごすのは、私も無理。

包括支援センターに行きたいのだけど、何か疲れてしまった。


昨日、いとこから父の知っている人の土地を見たいので、住所を教えて欲しいと電話があった。
父は、夕方から夜まで、住所を書いた紙を探し回っていたがないみたい。
夜もごそごそしていたが、うるさいからやめてもらった。

いとこに電話したいのだけど、朝から父はすごく不機嫌で、その件についての話は一切ない。
住所わからないなら、土地の持ち主の電話番号をいとこに知らせてしまえばいいと思うのだけど、ちょっと待てというし…。よくわからない。
こういうとき、母が間に入って、頭の固い父に苦労していたのを思い出す。

こんなことがあると、「お母さん、何で元気でいてくれなかったの…」と思う。
母は社交的で友達も多かった。情が厚い人だった。
父は友達もほとんどいない。
なんで母が認知症なんてなったんだろうと納得がいかなくなる。
反対だったら、良かったのにと思う。


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首が痛い

ここのところ、首の付け根と左肩が痛くて痛くて辛い感じ。
あんまり辛いので、妹に母を頼んで、日~月は家に帰って爆睡することにした。

少し前に鍼に行った時も痛かったけど、余計痛みが出た感じ。

母のおむつ交換のとき、肩や首筋に力が入っているからなあと思ったり…。
体の使い方に気をつけないと。

日曜日の夜、去年買った気功のDVDを、偶然見つけたブログの方がすすめていたので、引っ張り出してやってみた。先生も素朴な感じの方で、シンプルな体操な感じで、むずかしくなくていいかも。
あぐらをかいて、背骨をまわす運動が気持ちよかった。
全部やると体が心地よく疲れた感じ。
早めに布団に入ったけど、月曜の朝、目が覚めると八時過ぎていた。
でも、とにかく体を休めたかったので、また寝ると、なんと起きたの12時半。
これにはびっくり。旦那はあきれ果てていた。

でもでも、まだ首は痛いけどかなりすっきりリフレッシュされた。

月曜の夕方からまた実家に戻って母と過ごしているけど、なんか調子よい。
今日も、空いた時間にDVDつけて、ひたすら気功。

ここのところ、心が弱っていて、痛みや不調は鍼で治してもらおうとおもっていた。
鍼の先生に治してもらえばいいと思っていた。
でも、鍼も治す補助はしてくれても、治すのは自分の気力???なのかなと思う。
自分で治る気持ちがないと、治療しても治らない。

DVDしばらくやってみようと思う。




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ちょっとダメージ

昨日、介護用品の業者さんが来て、ゴムの劣化したスロープを替えてくれた。
ついでに、車椅子の調子の悪いところも直してもらった。

セミダブルの介護ベッドの話をすると、100センチのものがあって、今より10センチ広くなる。
いろいろ話していく中で、介護ベッドは介護用に作られているから、90センチが妥当で、ひろくなると、今のものより、機能が落ちるらしい。
とにかく、替えるのはやめたほうがいいと言いたい感じが伝わってきた。
点数も上がるしだって。

そんなの余計なお世話で、セミダブルの介護ベッドがあるかどうかと、胃ろうの母でも大丈夫か、今使っている低反発のマットレスがあるかどうかが知りたいだけだった。

通常、ここに一緒に寝る方はいないとか、一人で寝るものだとかどうでもいい。
寂しくて添い寝して欲しい母がいて、それをしてあげたい娘がいて、そんなのとやかく言われる必要ないじゃんと思った。もしかしたら、セミダブルのベッドがあれば、添い寝してあげたいと思っている家族もたくさんいて、知らないだけなのかもよ~。
セミダブルベッドの普及で介護の様子がかわるかもよ~。

この人、母が退院するときも、こんな状態で在宅なんてがんばりますねって言った。

昨日は、一方的な話で疲れちゃったので、適当に聞いて帰ってもらった。
気持ちが冷静なときに、100センチの介護ベッドへの変更を頼もうと思う。


よく人の気持ちがわからないっていうけど、人の気持ちを汲んでくれる気のない人だった。
たぶん、まだ若いので自分の親は関係ないって思っているんだろうなあ。
でも、わからないよ。それは、明日かもしれないよ~。
私もそうだったから。彼も、いつかわかる日が来るんだろうと思う。
だから、ちょっと嫌な気分になったけど、まだまだ君にはわからないだろうなあと思ってやることにした。



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母のベッド

介護ベッドをダブルにしようと検討していたら、ダブルだどおむつや体交が大変なのでは…。
という意見があって、セミダブルがないか、業者さんに相談。
今日の午後きてくれることになった。
ついでに、スロープの上の方のゴムが劣化していたので、そちらも見てもらう。

昨日、母の「乗って」が始まって、ベッドの狭い隙間にのって一緒にテレビを見た。
母の固まってしまった手を握りながら、あったかい母のぬくもりを感じる。
「ずっと一緒にいてね。ね。」と母がとってもかわいく言ってくれた。
「うん」と言いながら涙があふれ出てきた。
「ずっと一緒にいるよ。ありがとうお母さん」と言って母をギュット抱きしめると、来ていたパーカーの肩の部分を噛まれてしまった。パーカーで良かったよ。

細くなって、小さくなった母を見ていて、こうやってあとどれくらい一緒にいられるのだろうか…。
いつまでしゃべってくれるのだろうか。と不安になる。

不安になりながらも、狭いところで寝ていたので、ひじや手がしびれてきた。肩や腰も痛い。
早くセミダブルにして、もう少し長い時間、母のベッドの入っていたいと思う。

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プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

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