レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



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去年の今日

地震が起きた時間、病院に入院中の母を車椅子に乗せ、父と母と私と三人で、陽のあたるロビーで過ごしていた。
大きな窓ガラスが音をたてて、しばらくして揺れ始めた。
父は地震に気づかなかった。

かなり長い時間揺れた。
病室に戻ってテレビをつけると、東北で大きな地震があったことを知った。

そのとき、母はまだ原因不明で動けなくなりご飯が食べれなくなったとされていた。
パーキンソンの薬と抗うつ剤の副作用の可能性ももあり、薬が抜ければ改善するとも言われていた。
だから、また元に戻ると思っていた。
ただ、右手が動かせなくなって固まってきているのが気になった。
言っていることも変で、会話にならなかった。

同じ日本で大変なことが起きているのに、自分は母のことしか考えられなかった。
少しして、母がレビー小体型認知症と診断され、もう治らないと言われた。
診断されるまで入院してから、2ヶ月が過ぎていた。

そんな状況で、震災の報道をされていても、全く頭に入らずにいた。
テレビを見ていても、入ってこなかった。
自分の気持ちが落ち着いて、震災のことをしっかり知ることができた。
あれから一年。

震災で親を失った子供たちの心の傷が癒えない…。と新聞に書いてあった。そんなに簡単に癒えるはずがない。
朝は一緒に過ごしたお母さんがもう居なくなるなんて、しかも小さな子供。

今まで、自分のイメージした人生が続くものと思って生きてきた。
でもそれは違うって、震災や母の病気が教えてくれた。
生きていること自体が奇跡で、綱渡りみたいなようなもので、思った明日が来るなんてわからない。
うすうすはわかっていたのに、忙しさでごまかして忘れようとしていた。
そして、自分が根をはってしっかり生きていない感じをずっと持っていた。

中年と言われる歳になってやっと気づいた。
一番大事な家族を大事にしていなかったから、根っこがぶれていたんだと思う。
仕事でがんばっている姿を母に見せたかったのかもしれない。
母は寝たきりだけど、まだそばに居て見てくれている。
先のことはわからないけど、家族や周りの人たちを大切にすることを一番に生きていこうと思う。

振り返ったときに、どっしりと根を張って生きていたらいいと思う。



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プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

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