レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



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ありがとうございました。

今年も終わります。
早い一年だったなぁと思います。

落ち込んだとき、凹んだとき、また、嬉しいときも、
皆さんからのことばでちからをもらい、やってこれたんだと思います。
本当にありがとうございました。

来年も、色んなことがあるんだと思います。
さぼりがちなブログですが、来年もよろしくお願いします。


大掃除、年末の買い物をしていると、元気だった母を思い出します。
こんなことしてたなぁなんて。
栗きんとんを作りました!結構美味しく出来て感激。
母も一緒にいたら何の話したのかなぁなんて、思いながら。
今回は、栗きんとんと伊達巻を作ってみます。
来年は、また二つ位作れるようにしていこうと思います。

母は、おせちは、なます、数の子、昆布位で後は買ってきていたかな。
蒲鉾や伊達巻は蒲鉾屋で買っていたので、そこのを用意した。

紅白見ながら、海老天揚げて、年越しそばの用意をしていたな。
天ぷらは、面倒なので、買ってしまった。

そんなんで、大晦日が過ぎていきます。
良いお年をお迎えください。

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やっぱりそこに来た。

友達の紹介で、面白そうなセッションを受けて来た。
筋肉の反応から、ストレスになっている感情を探り、ストレスの原因をまた筋反射で掘り下げて、ストレスのかかっている内臓をさがして、そこに関係する筋肉をリリースしていくというもの。

からだのびたら気持ちよいかなぁ。
何て、軽い気持ちで行ったら、結局そこに来るんだってところに辿り着いた。

母のことが、ストレスになっていて、筋肉に全く力が入らなかった。
母の介護で、自分が思ったようにできないことかと思ったけど、違った。

ちょうど、母が悪くなって行った二年前、誤診した医師。
変な印象を持ちながら、くすりを飲ませてしまったじぶん。
その状況をどうすることもできなかった、自分を含めたかぞく。
そこへの怒りをずっと抱えていることがわかった。

考えると辛くて仕方がないから、考えないようにしていたところ。
考えなくなったから大丈夫だと思っていたけど、違ったみたい。
ふたして、感じないようにしていたんだ。
怒りの感情を捨てることをテーマに、リリース。
終わったら、筋肉に力が入っていた。

怒りは捨てることができたみたい。
ストレスの感情は、玉ねぎをむくように、はいでいくと核心にいくらしい。
多分、まだまだあると思う。

変化は超嫌になり、顔をみることが嫌だった父と普通に会話していた。
父はストレスじゃなかったみたい。

また、受けてみたいとおもった。

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DVDを見て

昨日、夫が借りていたDVDを二人で見た。
一緒に見るのは、すごく久しぶり。前は良く見た。

「臨場」ってテレビドラマだったものの映画化。
内容は省略しますが、結構重いテーマだったと思う。
久々に染みた。
それぞれの登場人物が、なんかの形で突然家族を喪っていて、みんな重いものを抱えて生きている。
娘を突然喪ったお母さんがいっていた言葉。
「どうして、家の娘があんなめにあわなければならなかったのか。私の育て方が悪かったのか。私の生き方が悪かったのか。考えてもわからない。教えてほしい」
というようなことを言っていた。(ちょっと違うかもしれない)

私も母が急激に悪くなり、病気がもう治らないとわかったとき、同じ事をずっと考えていた。
母の生き方が悪かったのか、私の生き方が悪かったのか…。そんな感じで自分、母、家族を責めていた。
状況は違ったけど、すごく自分と重なった。

辛いのは私だけじゃない。
みんな、何かしら抱えて生きているんだなあと改めて思った。
抱えた思いはきっと癒えないのかもしれない、でも抱えて寄り添って生きていくんだと思う。


「自分の人生を精一杯最後まで生きて、また出会えたとき、俺はお前の分まで精一杯生きたよって言うんだ」
この言葉がいいなあと思った。


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人生って何だろ?

父の抜歯は無事終了。
歯を抜く前に先生が薬のことをしつこくきいてくれたみたい。
よかった。

母は、私がマフラーを巻いているのを見て、あごをあげて、着せてと言ってマフラーの要求をしたり、結構おもしろい。乾燥するので、口にリップをぬってあげると、口紅つけたときみたいに、くちびるを動かして、ウンパっとしてかなり笑えた!

そんな日々のなか、知り合いの訃報を聞いた。
話したことは、二回くらいだったけど、ひまわりみたいな元気な人だった。

まだ、60前半。
私がロードバイクに乗っていた頃、練習で、ひとりで山の中を走っていると出会う女子は、このおばさんと友だち位だった。すれ違うといつも笑顔だった。
まだまだ、乗れるよ!私の歳でも乗れるんだよ!
練習がんばんな!って言ってくれたなぁ。
面白いおじさんを多数引き連れて、先頭走ってたときもあった。
トライアスロンはやらないけど、目標にしていた人だった。

彼女は50代半ばでご主人を亡くされて、たぶん悲しみから立ち直るために、トライアスロンに全力を注いでいた。
地元のチームを引っ張って、夢だった大会も開催した。
いろんな人が元気もらっていたと思う。

本当に本当に急に亡くなってしまったらしい。
人生ってわからないってあらためて思った。
彼女の足元にも及ばないけど、人に何かを届けられる人生を送りたいと思う!
私の役目は何だかわからないけど、出来ることは、わたしなんかなんて変な謙虚さを持たないで、自信をもってやっていこう!
そんなことを決意した昨日。



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またまたやってくれた父

夫も妹も居なかった夜。
父が突然部屋から出てきた。しかも、夜なのにスラックスはいてセーター着てる。
聞くと、お風呂でひげを剃っていて、かみそりで鼻の下を切ってしまったので、救急外来にいってくるという。
傷をみると、小さい傷。
確かに血が止まらないけど、救急外来に行くほどでもない。
くっつくないガーゼがあったので、それをテープで止めて手で押さえておくように言った。
晩酌もしていたけど、車で行くつもりだったみたい。
昔から、すぐ病院に行っていたけど、ちょっと血が止まらないだけで救急外来はびっくりした。
判断力にぶってきてるのかもしれない。

実はこの話には続きがあった。
今度は昼間、歯が取れたと言って歯科に行った。
先生と話して、この前抜いたとき、血が止まらなかったから、総合病院の口腔外科を紹介されたといって、
次の日、総合病院に行ってきた。
父が居ない間、父の部屋の薬をみると、もう行っていないと言ったはずの脳神経外科に定期的に通っていて、血圧下げる薬、血液をさらさらにする薬を処方されていた。
ワーファリンではないので、弱い薬らしいけど、血が止まらなかったのはその薬のためだったみたい。
そのことを説明したけど、わかったのかどうか。
そして、飲んでる薬をしっかりDrに言ってのかどうかも不明。

父の血圧は病院にいったとき160になるくらいで、主治医の内科の先生に薬は必要ないっていわれている。
この内科の先生は必要最低限の薬しかくれない。だから、かえって信じられる。

なのに、わざわざ、脳神経外科に行って、薬もらっているのかよくわからない。
この脳神経外科、すぐに薬を出す。それも必要か?って感じの量。
友達がかかったとき、糖尿で他の病院にかかっていたおばあさんに、うちで糖尿の薬の管理をするから、ここの病院だけでいいといっていたらしいけど、脳神経外科で脳のオペばかりしていた先生が糖尿病みれるのか?って疑問に思ったっていっていた。

お年寄りって、薬をくれるから良い先生って思っている人が多い気がする。
しかも、その薬を自分の判断で拾いのみする。
うちの父も血圧の薬を飲んだり飲まなかったりしているみたい。
それで、結局薬は飲まなくて捨ててしまったりする。
薬代は本人の負担は確かに少ない、でも、残りは税金で賄われていて、医療費がドンドンかかっていく。
父の部屋を見ていて、飲まれなかった薬、使ってない湿布。
あまりにも多すぎる気がする。

患者は薬は断れない、本当に必要な薬のみを処方して欲しいと思った。
父は言っても、たぶん脳神経外科に行くと思う。薬も隠すと怒るのでほおってある。
冷たいと思われるかもしれないけど、本人がやりたいようにやればよいと思う。

妹と精神科にいったとき、血圧のことを先生に相談したみたい。
そしたら、160で、薬は必要ないと思うといわれてと言っていた。
本人がどうするかは不明。

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くしゃくしゃに笑う!

久しぶりに母さんの高校の友だちが来てくれた!
ふたりが、久しぶりと言って部屋に入って来ると、母の口元がにっこりした。
そして、色々な話を聞きながら、ずっと楽しそうな母。

友達が母の肩を揺すったり、さすったりすると母はくしゃくしゃになって
笑った。
あんな笑顔がまだできるんだと、泣けてきた。
友だちはスゴイ!

また、笑わせに来ると言っておばさん達 はかえっていった。

母の介護をはじめた頃、母はもう何もわからないから、私も物のように思えていた。
でも、母はいろんなことがわかり、感情もある。
聞けば答える!
だから、何でも聞くようにした。
そしたら、母を人として、また見れるようになった。

今、思うのは、在宅で母をみていてよかったと思う。
母とずっと居られるし、色々な母がみれる。
この先はわからないけど、ある意味しあわせな時間なのかもしれない。
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プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

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