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レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



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編み物

実家の押入れを片付けていると、編みかけのセーター、帽子等が出て来た。
編んでる途中で忘れちゃったのか、手が痛くて動かなくなって止めたのか。
前は、病気のこと早く気づけてなくてごめんねと泣けたけど、今は余り考えないようにしている。
大きな収納ケースの中には、残り毛糸の毛糸玉が同じような色ごとジップロックの袋にきれいに入っていた。
また、何か編もうと分けてあったんだと思う。
セーターも何年か着ると、毛糸を足して編み直しをして違うセーターにしてくれた。


母の介護は、母は動き回るわけではないので時間はたっぷりある。なので、せっかくだから、母の残した毛糸で編み物を始めることにした。

中学の頃、棒針の編み物に憧れて、母に習ったことがあった。メリアス編み、裏編み、ゴム編み、ゲージのことなんかを教えてくれた。本当に基本的なことを厳しく教えてくれた。
結局、私のやる気がなくて、マフラーで終わった。
旦那のセーターを編もうとしたときも、根性がなくて、冬が終わると言って結局母が作ってくれた。減らし目とか教えてくれたけど、忘れてしまった。

まずは四角く編むだけの本を買って、母のレッグウォーマーを編むことにした。手が覚えていて結構編めるのでうれしい。母の手を見て覚えたことが、本を見て理屈でわかって、すーっと入ってきた。
だんだん色々やっていこうと思う。結構面白い。

少し前まで、何で母から洋裁や編み物を教えてもらわなかったのかなって後悔していたけど、編み物の基本のほんとに基本は教えてもらっていたんだと思った。

NHKのカーネーションのコシノ3姉妹のお母さんも、自分の働く姿を見せて娘を育てたといっていた。3姉妹はデザイナーになったけど、結局、洋裁のすべてをお母さんに習ったわけでなく、専門学校にいっているんだし。と思ったら何かすっきりした。
私も母の編み物や洋裁の姿を見ながら育った、母がミシンをかけて仕事をする横で、余り布を縫ったり、切ったりして遊んだ。だから、それでいいんだと思った。私の記憶に残った母の仕事をする姿、きれいな仕事と評判だった編み物の編み目や洋服の記憶、それを元にまた学んでいけばいいと思った。
よく、「あんたは何にも作れないけど、目だけは肥えているから…」と母に言われた。

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  1. 2011/11/10(木) 23:48:29 |
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  1. 2011/11/11(金) 21:49:20 |
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プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

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