• 2017_10
  • <<
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • >>
  • 2017_12

レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. スポンサー広告
  2. [ edit ]


ふじちゃんの今までのこと⑤

今日は、勢いで書いてしまいます。
書いたら夕飯の支度しよっと。

ふじちゃんが八十八ヶ所に行ったH21年の4月。私にも転機だった。
ここからは、超愚痴です。ごめんなさい。


知的障害の福祉施設で事務をしていたが、上司のわけのわからなさに疲れてしまった。
女子4人のうち3人がやめることになっていた。
わたしは、あと1年勤めてから1年休んでふじちゃんと過ごそうって漠然と思っていた。何の根拠もなかった。
たぶん、今までならそうした。

そのときは、夫の友人から家の近くで土日休みで4時半に終わる事務があるという話をもらう。
ちょうど、ピラティスの仕事が夜入るようになり、ちょうどいいかなと思った。
前の職場が事務のままだったら、転職はしなかった。
突然、事務ではなく相談の仕事をという異動がでた。
やりたい仕事だったけど、帰りが遅くなりピラティスの仕事もできなくなるので、勢いで転職した。

この転職先が最悪だった。
土日休みのはずが、土曜は半日しか休みがなく、就業規則もない。
面接のとき、休みたいときに休んでよいからなんていったけど、誰も休まない。
専務のワンマン経営。
とっととやめればよかったのに、知り合いの紹介だったんのであと少し勤めたらと思っていた。
胃の調子も悪くなっていた。

今までだったら、実家に金曜の夜から日曜の夜まで月に1回は泊れたのに、土曜の夜に泊るくらい。
しかも、土曜の午前が使えなくなると、色々支障が出できて、日帰りが多くなった来た。
もっと泊りたいな。と思ったけど仕方ないと思っていた。
母さん調子悪いけど、膝だし、あと少し勤めたらやめてもっと一緒にいようと思っていた。

たぶん、私もこの頃精神的に疲れていた。
今までに出会ったことのない高圧的な専務。
ふじちゃんのことを考える余裕がなかったんだと思う。

嫌だったら早くやめればよかったのに、大事な人を大切にできなかった。
ずっと、大事な母さんを後回しにしてきた私。
それが、私の生き方なのかもしれない。


スポンサーサイト
  1. ふじちゃんの経緯
  2. / trackback:0
  3. / comment:0
  4. [ edit ]


 管理者にだけ表示を許可する
 

プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

« 2017 11  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。