• 2017_07
  • <<
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • >>
  • 2017_09

レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. スポンサー広告
  2. [ edit ]


ふじちゃんと私の関係①

ここのところ、過去を振り返って落ち込む。
ふじちゃんが薬で変になっていった頃ではなく、もっと前のことをふと考える。

ふじちゃんは、幸せだったのだろうか?
ぜんぜんわからない。
いつかそういう話をしたいなと思いながら、しないままこうなってしまった。


ふじちゃんは、22歳でハチとお見合い結婚。
23歳で私、27歳で妹を出産。
29歳のとき、家を建てての今のところに越してくる。
今は、新興住宅街でたくさん家が建っているが、当時はポツポツとしか家がなくて田んぼの中の一軒家だった。
子供二人抱えて、父の帰りも遅く、実家もバスで行くしかなく不安な毎日を過ごしていたんじゃないのかな。
近くに少しずつ知り合いもできたけど、どうだったんだろう。
もともと商店街のお米屋さんの娘で、近所つき合いが濃厚な環境から、さみしかったんじゃないかな。


小さい頃、私は本当によく怒られた。
外に出されたり、押入れに入れられたり。たくさん泣いた。
ふじちゃんが怖かった。

妹は、怒られたことがなかったらしい。
一緒に買い物に行っても、選ぶのが遅いって怒られたり。
だから、あんまり買い物に行かなくなった。

中学、高校の頃は顔をあわせれば喧嘩ばかりしていた。
若い頃は、趣味で遊んでばかりで家にいなかったな私。
反抗しまくっていた頃。


私が30で結婚して、ふじちゃんと買い物に行くようになって、とっても幸せだなあと思った。
本当に幸せだった。スーパーでもどこでもふじちゃんと買い物に行ける事が幸せだった。
旅行も行こうといいながら、ふじちゃんは友達と出かけることが多く、数回行ったきり。
これから行きたいなと思っていたのに。


私たち夫婦に子供ができなくて、「孫が出来なくてごめんね」と話したとき、
「あんた達夫婦の人生だから、二人が仲良く暮らしていければいいんだよ」と言ってくれた。
夫の実家が遠くて、GW・お盆・お正月のほとんどを向こうで過ごしてしまっていた。
そのときも、「お嫁に行ったのだから、向こうのご両親を大切にしなさい」
って言ってたけど、さみしかったよね。ごめんね。
妹も仕事が忙しくて、大体 GW・お盆・お正月は、ハチと二人だったもんね。


もっともっと、元気なうちにたくさん話をして、旅行行きたかったな。


ふじちゃんと甲府に行って、お揃いの印伝の財布を買ったことがあった。
甲府の駅で、自転車で旅をしている若者がいて、ふじちゃんがポツリと
「若かったら、あーやって自転車で旅したかったな」と言ったことがあった。

ふじちゃんは、ままちゃり大好きで、どこに行くのもままちゃりで行く元気なおばさんだった。
子供の頃、ままちゃりの後ろに妹を乗せて、私は子供用自転車で2台でいろんなところを走った。
どこに行ったかは覚えていない。
ただ、ふじちゃんの自転車の後ろを必死でついていったことを覚えている。

つづく



スポンサーサイト
  1. 母と私の関係
  2. / trackback:0
  3. / comment:2
  4. [ edit ]

No title

  1. 2011/05/25(水) 17:11:23 |
  2. URL |
  3. マコロン
  4. [ edit ]
みやさん、はじめまして。
とても辛い状況ですね。私も玄関の階段で母を転倒させてしまい、路上のコンクリートに頭を打ち付けさせてしまったことがありました。その直後は普通に元気だったのですが、仕事から帰ると布団の中で微動さえせず、ろれつはまわらないの状況で、寝たきりを覚悟しました。でもやれるだけのことをやってみようと思い、一週間、仕事を家に持ち帰り、おむつかえから、歩けないけど無理やり起こしてトイレまで歩いてもらったりしました。たかだか3mくらいの距離なのに、途中で座り込んで全くあるけなくなる、意識障害をおこすで、往復で1時間半かかりました。また歩けなくなった時は、毛布に乗せてひきずって布団まで移動しました。11月下旬なのに汗だくでした。寝たきりになったら、仕事を辞めて(詳しくは在宅勤務にして)母の世話をする覚悟でした。でも4日目頃から何とか元の状態に戻ってくれ、現在は、おむつがくせになった以外は、変わりなくなってくれました。

今は、大変つらいでしょうが、お母さんもみやさんもやる気になっていらっしゃるようなので、頑張ってください。その証拠にお母さん、お話はじめられたじゃありませんか。

みやさんのような経験された方も少なくありません。ただブログを書いていないだけだと思います。

一緒に頑張りましょう。旗もって応援しいます。

マコロン

Re: マコロンさんへ

  1. 2011/05/30(月) 12:54:20 |
  2. URL |
  3. みや
  4. [ edit ]
> はじめまして。
> コメントありがとうございます。
> お母さん寝たきりにならなくてよかったです。
>
> 私は、今が夢のような気がして、現実をまだ受け入れることができません。
> ブログを書くことで、気持ちを整理しています。
> マコロンさんから暖かいコメントいただけてうれしいです。

 管理者にだけ表示を許可する
 

プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

« 2017 08  »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。