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  • 2017_08

レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



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ハチは認知症ではない気がする。

ふじちゃんショート中は、協調性の皆無のハチはひとりで過ごしてもらう。
ふじちゃんのショートステイ先には毎日通っていた様子。
電話をすると妙に楽しそう。
たぶん、色々言う私たちがいないからだと思う。

認知症?って思ったけど、ハチは認知症じゃない気がする。
物忘れもなく、新聞もしっかり毎日読む。仕事にも行っている。
週刊誌も読んでいる。体調も自分で管理できている。
今まで通り、色んなものに興味を示している。
会話も成立する。もともと深い話をしたことがあまりない。


怒りっぽかったのは、ふじちゃんが寝たきりになって、私たちやヘルパーさんがどやどや入ってきて、自分の生活パターン、テリトリーが侵害されたからじゃないのかな?
認知症というより発達障害だったんじゃないのかという気がしてきた。

毎日洗濯してくれるけど、大雨の日もやってしまう。
昨夜の話、今日も台風で大雨の予報だったので、「明日は、大雨なので洗濯を止めてください」って紙にかいて洗濯機に張ったら、(発達障害は目からの援助が大事)昨日の夜洗濯をして、軒下に干してあった。
やる日の問題ではなく、雨の中干すことが問題だったのに、想像できない様子。
とにかく、決まったことを毎日しようとする。

私が結婚して18年、家を出た頃は、ハチは仕事でほとんど家に居なかったから、変な部分の本質は見えなかったのかもしれない。
でも、ふじちゃんがよく「人の気持ちがわからない。想像できない」「雨でも洗濯する」「友達がいない」「落ち着きがない」困るよ~って言っていた。
一緒に旅行行っても、ひとりで興味のおもむくままどっかに行っちゃうしね。
私もハチと話しても、通りいっぺんの返事しかなかったので、もっぱらふじちゃんに相談していた。子供ながらに父は少し変だと思っていた。でも、優しかった。仕事ばかりまじめにする父がかわいそうに見えていた。そして、旅行大好きなふじちゃんがわがままに写っていた。違ったね。ごめんねふじちゃん。

ふじちゃん、気にしすぎじゃないのかななんて思っていたし、この頃はこういう障害があると思っていなかった。
でも、今思えば発達障害では?

そういえば、何年か前にふじちゃんと喧嘩したとき、掃除機投げて異常な怒り方したっていってた。最近私にも、変な怒り方をするときがある。今までふじちゃんが間に入ってくれたから、初めてみた。
よく、怒ると手がつけられないなんていってた。
怒ったと思うと、次の瞬間ころっとかわるとも。

親戚の法事とか行くと、会食のとき、じっとしていられずに、よくトイレやタバコを吸いに行っていた。
ふじちゃんが、落ち着きなくて嫌になるよ。って言ってた。
ふじちゃんは、無意識にハチのそういう部分をフォローしてくれていたんだと思う。一生懸命フォローして良い奥さんしてたんだと思う。


本当に良い奥さんだったと思うよ。
あんなハチをフォローして、自分の時間ももって、旅行して仕事して趣味をして。
でも、疲れちゃったんだね。
私だったら、ハチと暮らすの絶対無理。もっと、ふじちゃんの辛い気持ち聞いてあげれていれば…。
でも、ふじちゃん強い人だったから、弱音言わなかったね。
時々、この人とは暮らすの大変だよ~って言ってたね。

ハチとご飯食べていると、全く話をしてこないこともある。新聞読んだままだったり。ハチにとってはなんともないけど、感受性の高いふじちゃんは辛かったね。

今、ふじちゃんがこうなって、ふじちゃんのすごさ、強さ、明るさ、ありがたみが良くわかるよ。
ハチが退職して、家にいる時間が増えた10年くらい前からかなり辛かったんじゃないのかな。
もっと、ふじちゃん連れ出せばよかった。話し聞いてあげればよかった。鈍感すぎる娘でごめんね。

ふじちゃんの代わりにはなれないから、ハチは変さ倍増していくと思う。
でも、もう歳だからで良いとさせてもらうよ。周りも変なじいさんと思うだけだし。

私は、ふじちゃんが体を張って、変な父だけどフォローして楽しい家庭を守って私と妹を育ててくれたことに本当に本当に感謝している。二人とも、しっかり育ててもらった。
ここのところ、ハチとご飯を食べていると会話のない食事で本当に辛くなる。こんな辛い思いさせていたことにたくさん後悔する。


本音は、もっと元気でいて欲しかった。もっともっと話を聞いて欲しかった。
でも、もう出来ないし、ここのところ、ハチから救えなかったことばかり後悔してたけど、ふじちゃんは、ハチのことは自分ひとりでたくさんと思っていたし、そういいながら一生懸命支えていた。
だから、ふじちゃんの分もしっかり生きるよ。
ハチは、適当にさせてもらう。

ハチのことは、もう一度、ハチの先生に相談してみようかと思う。
知的障害の施設で働くうちに、スタッフに発達障害の人がたくさんいることに気づいた。みんな結婚していたし、普通の生活をしていた。それを考えれば、ハチが発達障害である可能性もある。
そのころ、少し感じていたけど、父がそんなわけがないって自分で認められなかった。
そのときわかっていたらと思ったけど、それもふじちゃんが知ったらまた辛かったのかも。

天気が悪いと気分も落ちる。
だけど、もう切り替えて、ふじちゃんに大切に育ててもらったことに感謝して、私のできることを精一杯やっていこうと思う。まだまだ、ふじちゃんを大事にできる。ハチに振り回されている場合ではない。



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  1. 家族のこと
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No title

  1. 2011/09/03(土) 13:18:28 |
  2. URL |
  3. みずき
  4. [ edit ]
うちの父も同じです。
仕事の要領が(おそらく)悪くて、毎日遅くまで仕事をしていました。
休みの日は一日中ゴロゴロ。

母は職場結婚だったので、もっと仕事の取りかかりを早くすれば、こんなに遅くまでのこらないでもいいはずなのに、とよく言っていました。

そして、やっぱり気持ち的に理解できない部分が多い。「こんなとこで?」と思うところで逆ギレみたいになったり・・・。

普段は優しかったと思うけれど、あまり家族愛のようなものは感じられませんでした。

今発達障害の長男に向き合っていると、この子がもし結婚したら、相手が悲しい思いをするのではと考えることも多いです。

父は母には比較的気配りするほうですが、今はほとんど会話もなく、なんだか寂しいと言っています。

昔はそういう障害が知られていなかったから、みやさんのお母様もうちの母も何かおかしいと思いつつ、自分の中におさめて頑張って暮らしていたのでしょうね。

昔は「母はちょっと父にきつすぎる」みたいに思っていましたが、これからは十分にねぎらっていかなきゃと思っています。

No title

  1. 2011/09/03(土) 14:47:18 |
  2. URL |
  3. みや
  4. [ edit ]
みずきさん

家も夫婦の会話が少なくて、会話しているとうれしかったです。
母はやっぱり父にきつい感じでした。きつくしてないとやってられなかったんだと思います。

いつだったか、母が「おとうさんと暮らしているとこっちが参っちゃうよ。」とポツリと言ったことがありました。すごいストレス抱えてたんだと思います。
もっと、そばで支えてあげていればなんてまた後悔してます。
でも、子供にわからないくらい母は父をフォローしていたんだとおもいます。
母のおかげで家の家族は楽しく生きてこれたんだと思います。
ありがたいです。

みずきさん、お母さんにたくさんねぎらいの言葉をかけてあげてくださいね。



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プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

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