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レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



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去年のこと①

去年の今ごろ、ふじちゃんはまだ普通に暮らしていた。
凝ったもの作らなくなっていたけど、料理もしていた。
友達ともランチとか行ってた。

9月のはじめに家に電話をすると、「胸の下がポツンって赤くなって何か出来てるんだよ。暑いからあせもかも?」
なんていってた。次の日電話をすると、「皮膚科に行ったら帯状疱疹だった」って。

足が動かなくなっているのに、一人で自転車で病院に行った。
その病院は先代の先生はなんでもみてくれたけど、代が変わって内科になっていて、仕方がないので、おばあちゃんの家に自転車置いて、違う皮膚科に行ってきたといっていた。
何でハチに連れてってもらわなかったのか?何で私が気にしてつれていかなかったのか?今でも悲しくなる。

ご飯の支度とか大丈夫と聞くと、大丈夫あるもの食べているし、お父さんも買い物してきてくれるからというので、様子も見に行かなかった私。
体辛かったよね。帯状疱疹だけでも痛いのに…。

今も思い出して、本当に申し訳なくなる。
自分も夫も体調を崩していたので、母さんは、調子が良くなったら来てくれたらいいよ。なんて言ってくれていた。本当になんで急いで行かなかったのか。いまでも良くわからない。
ただ、母さんは強いから大丈夫なんて変な感覚があった。もう70歳なのに…。
母さんが寝込んだこと、今まで見たことなかった。
たぶん、ずっと無理して頑張ってきたんだよね。


ふと思い出して、書いているけど、この一年あっという間だった。
今まで生きてきた中で一番早かった。
こんなに一年が早いと、あっという間に人生って終わっちゃうなと思った。
あと10年位、ふじちゃんに元気なままでいて欲しかったと思ったけど、こんなペースで1年が過ぎていけば、10年なんてあっという間で、終わっちゃう。
ずっと元気でいて欲しかったけど、だらだら暮らしていたら、70歳も80歳も同じかも知れない。
たぶん、ふじちゃんは、もう十分やることやったよと言ってそう。
本当に一生懸命、何でそんなに色々やるのって感じの人生だった。
私としては、ずっと一緒にいたかったけど…。

そんなことを考えていた。
ふじちゃんが今の状態になって、生きているのもどうでも良くなっていた私。
でも、妹や夫が支えてくれて、ハチも淡々と生きていて、やっと自分の人生しっかり生きなきゃと思うようになってきた。
ふじちゃんが今の状況になったことで、生きることのはかなさ、辛さそして、自分の人生の洗い直しをさせられている。

ふじちゃんは、やること極端だったから、今回も激しすぎるけど、いままで放っておいたままだったもんね。今のふじちゃんに恩返しして大事にしていくよ。

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  1. ふじちゃんの経緯
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No title

  1. 2011/09/30(金) 00:54:43 |
  2. URL |
  3. みずき
  4. [ edit ]
私も両親が認知症になるとは全く考えていませんでした。

なぜだか、「なるわけがない」なんて変な確信みたいなものすらありました。

我が家の場合は父が坂道を転げ落ちるようなスピードで悪化していきました。

今、コウノメソッドのおかげで進行がゆるやかになっていますが、それでも母と比べると父のほうが見た目も認知面も良くないです。

元気そうな時には、何週間も電話一つしませんでした。父の糖尿にもほとんど向き合ってきませんでした。

頼りたいときだけ頼って、仕事をしているときには無理言って、早朝から病気の子どもの面倒をみてもらっていました。

文句ひとつ言わず車を飛ばして駆け付けてくれて、私の仕事を応援してくれた・・・。

母の具合が悪くなって仕事を辞めることにした時も、本人たちにはさすがに言わなかったけれど、ちょっと恨みがましくさえ思っていた。

とんでもない娘でした。

両親が認知症になって、大げさでなく人生観が変わりました。

何が大切なのか・・・想像力を働かせること。家族との時間を大切にすること。感謝を言葉にして伝えること・・・みやさんのお母様もうちの両親も、きっとこういうことを身をもって教えてくれているのかと思います。

私たちにできることは、一日一日を大切に、しっかり声をかけたり、体に触れたりしていくことかもしれませんね。

  1. 2011/09/30(金) 11:49:23 |
  2. URL |
  3. みや
  4. [ edit ]
みずきさん
ありがとう。お父さんの進行が穏やかになってよかったです。
私も母がこうなって、本当に人生観が変わってます。
今までの価値観が全部崩れて、やっと建て直しに入ってますが…。

「私たちにできることは、一日一日を大切に、しっかり声をかけたり、体に触れたりしていくことかもしれませんね。」そうですね。クヨクヨしたり過去を振り返っている時間はないですね。


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プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

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