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レビー小体型認知症で、あっという間に寝たきりになった母を三年の介護。2014年に母は、旅立ちました。83歳の父もそろそろ微妙な感じです。

母さんの笑顔



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新年

母のいない初めての大晦日とお正月。
去年は、危篤状態だったけど、居てくれた。
母がいなくなり、もともとそんなに仲が良くなかった妹との関係も、もとに戻りつつある。母の介護を一緒にしていた妹は、母のために姉と協力してくれていたんだと思う。ありがとう(^^)

母と私はよく似ていて、四六時中、家族がガヤガヤしているのが好きだ。妹はどちからと言うと猫みたいに、好きなときにだけ家族といたいらしい。
だから、それで良いんだろうなーと思う。

年末から正月、旦那は実家に帰り、妹は友達と出かけ、私は父と過ごした。
父も今年一年で、だいぶ歳をとってしまった。だから、私は父と居たかったので、父と過ごすお正月にした。
大晦日にお蕎麦屋さんでお蕎麦を食べ、元旦に母のお墓参りに行ってきた。
後は買い物に行くくらいだったけど、父とこんなに長くすごせて良かったと思う。

年末に、叔父の着いたお餅を切りながら、お餅を切る母を思い出した。母のお餅は、大きかった。
そーいえば、母の体の動きが悪くなり始めたころ、こんなカラダになってお正月の支度ができなくてごめんねと言っていた。

もーすぐ、命日だ。一年が早かった。




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クリスマスイブ

去年のクリスマスイブに、母が最期の入院をした。
昨日は、先生に、入院しましょうと言われた時、母が目をまん丸にして、えっといった顔を何度も思い出した。
たぶん、母はもう身体じゅうがだるくて、家にいたかったんだろうな〜。もう、ダメだってわかってたのかもしれない。
そんなことを思い出したよ。
そして、仕事の合間の移動のクルマの中で、何度か泣けた。
妹に話したら、妹も昨日はダメだったらしい。
こんな日もあるね。
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一周忌と納骨が終わりました。

先週の日曜日に、母の一周忌と納骨が終わりました。
納骨の前夜、母の骨壷を開けて、最後のお別れをしました。骨は思ったより小さかったし、すくなかった。
本当にお別れだね。お母さんありがとう(^^)

納骨の翌日は、なんだか調子が悪くて、起きられなくなってしまいました。
納骨が済んで、ほっとしたのかもしれません。念のため、病院に行ってきました。
胃がよわっているくらいで、大丈夫みたいです。

一周忌のとき、母の若い頃の顔を思い出しました。笑っていたから、大丈夫なんだと思います。

母の分まで、生きていくぞー。
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在宅の看取り、うちの場合②

①に昨年の12月の始めと書いたが、20日近辺だった。
咳が続いて結局、介護タクシーで近くの総合病院に行った。
総合病院なんだけど、医師が居なくて内科、外科、整形外科が常勤医の先生で、後は嘱託医で週数日の診察。なので、高齢の患者さんしかいない。しかも、空いている。小泉さんの前は、すごーく混んでたんだけどね。

訪問ナースが電話を入れてくれていたので、母が休めるところを開けて待っていてくれた。
レントゲンや血液検査に異常はなく、気管支炎との診断だった。家に帰るか家の場合は抗生剤、入院して点滴のどちらかを選ぶようにとのこと。
家思えば家で点滴もできたのでは?と思う。
咳は出てたけど、熱はないので、家に連れて帰ることにした。

ここまでで疑問なのは、母の主治医は訪問医なのに、咳が出ている状況しかも訪問ナースも一度診て欲しいと言ってくれたのに、診にきてくれなかったこと。
近くの総合病院に行くにあたり、担当の先生に電話一本入れてくれても、良かったのではと思った。
結局、母の主治医は、総合病院の先生みたいな感じになってしまっていた。
この先生は、外科医で母が胃ろうを作った時からのお付き合い。母みたいな状況の人を人としてみてくれた。
ずっと前に、何かあったら相談しても良いですか?と聞いたとき、『もちろんもちろん』と言ってくれたんだよなー。『見捨てないよ』って、泣けたなーあの時。そんなことを思い出した。

そんな訳で、自宅に戻る。
でも、痰も多いし、ぐったりしてた。一応訪問医に状況を報告した。
結局、みにこなかったかな。

12月24日のナースが訪問の日、あんまり元気無いと話すと、そのまま総合病院に連れて行くことになった。
後で、ナースに聞くとあきらかに痩せていて、ただ事でないと思ったらしい。確かに、写真見ると、たった数日ですごーくやせてた。
この時は、有無を言わせず入院。
先生が入院しましょうと言ったとき、母は『えーっ』と声を出して目をまん丸にした。『大丈夫ですよ〜』と先生言ってくれたんだけどね。
あの顔思い出す。

点滴したときも、『痛い』と言ってた。
病棟に行くと、部屋が空いてなくて、いつもの南側ではなくて、北側の部屋になってしまった。北側の部屋はなんか雑然てしてて、落ちつかなかった。

つづく





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在宅の看取り、うちの場合①

母を見送って、10ヶ月。
もうすぎたことなので、書かなくても良いことだけど、ずっと引っかかっていたことなので、書いていきます。


実家のある地域は、人口24万人超のそんなに小さくない市です。
訪問医療の現状は、開業医が片手間に訪問医をしています。しかも、積極的にやっている先生は2名くらいで、後は往診を少しするくらい。
母が病院から在宅になったとき、何とか2名のうちのひとりの先生に診てもらえることになりました。
2週間に一度、来てくれたけど、血圧と熱測って、聴診器あててすぐ帰る感じ。世間話もする暇なし。ついてくるナースも、カバン持ってるだけ。

この先生、一番疑問だったのは、直ぐに近くの総合病院に入院させちゃうところ。訪問ナースが、点滴に毎日来ても良いと言ってるのに、まずは入院。
尿に血が混じり始めたり、胃ろうのトラブルも専門じゃないからみたいな感じだった
専門じゃなくても、専門の先生に紹介してくれるとか、ネットワーク無いのかよって思った。

だから、去年の夏くらいは、ナースも私たちも、訪問の先生に一応電話するけど、総合病院の母をよく診てくれた先生のところに電話してから、連れていくようになってた。
他の患者さんも、同じような状況らしかった。はっきり言って、うちの場合もう訪問医いらなかった。


去年の12月の上旬、咳が出始めたので、訪問医に電話。抗生剤を飲ませるように言われた。
診に来てくれなかった。
訪問ナースが来てくれて、様子を報告してくれたけど、診にきてくれなくて結局総合病院に連れて行ったんだよなー。

つづく








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プロフィール

みや

Author:みや
レビー小体型認知症で2ヶ月で寝たきりになった母を自宅で介護。3年の闘病の末、母は73歳で旅立ちました。
現在、83歳の父が微妙なかんじです。

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